寝る子は育つ

2016.06.10
通信教育部長・教育学部教授  近藤 洋子

「風邪は万病の元」「病は気から」「腹八分に病なし」「医食同源」など,健康にかかわる諺が数多くあります。これらは昔の人々の言葉ですが,ストレス社会や飽食社会といわれる現代の健康づくりにおいてもそのままあてはめることができ,まさに故事名言といえます。今回は諺の中の「寝る子は育つ」を取りあげたいと思います。
「寝る子は育つ」には科学的根拠があり,夜遅くまで起きていたり,睡眠時間が短い場合は,成長ホルモンやメラトニンなどがうまく分泌されず,成長阻害につながることや,自律神経系や脳機能の発達にも影響があり,認知能力や学力が低下することが知られています。睡眠不足は,糖尿病や高血圧,肥満などとも関連があり,生活習慣病の要因ともされ,子供の頃からの睡眠習慣の重要性が強調されています。
現代文明は24 時間眠らない社会を作り上げ,その影響で子供達も夜更かしになり,前述のような心身への悪影響が心配されています。日本小児保健協会が全国の幼児を対象に実施している「幼児健康度調査」によると,就寝時刻が夜10 時以降の子供達の割合は,1980 年から2000 年にかけて21% から50% まで急増しました。幼児の半数が夜10 時まで起きているという現状に,関連学会は警鐘を鳴らし,文部科学省による「早寝早起き朝ごはん」運動が展開されるなど,子供達の生活リズムが見直されるようになりました。これらの社会的な啓発活動の成果もあり,2010年の調査では,夜10 時以降就寝の割合は29% に減少しました。しかしながら,諸外国と比べると日本の子供達は夜更かしの割合が多く,さらなる改善が求められています。
「幼児健康度調査」では,子供達の生活リズムとともに,食事や生活習慣,発達の状態,育児・保育環境や子育ての状況なども把握しています。夜更かしの子供達には,朝食欠食,不規則な間食,食事の心配事(少食,偏食など)が多い,電子メディア(テレビ,ゲームなど)への長時間接触,外遊びが少ない,落ち着きがないなどの特性が見られます。そして,両親の状況としては,共働きや保育所利用が多い,母親の子育て不安感が強い,父親のサポート不足などの特徴が認められました。つまり,「寝ない子」あるいは「寝られない子」は,良好でない生活習慣が身に付いていたり,あるいは親にとって手がかかる子供であったり,発育・発達にとってマイナスの要因を抱えていることが推測できます。また,親達も仕事と家庭の両立が大変であったり,子育てについての様々な悩みを抱えつつも十分な支援が受けられないという悪循環に陥っている可能性も考えられます。このように,子供の夜更かしは,子供自身の要因に家庭や社会の要因が絡み合って生じています。
古くて新しい格言である「寝る子は育つ」ですが,これを現代において実現するためには,一人ひとりの子供に見合った発達保障支援と親支援,そして安心して子育てができる環境の整備を社会全体で進めていくことが必要であると考えられます。

プロフィール

  • 教育学部教授 教育学部長・通信教育部長
  • 東京大学大学院医学系研究科修士課程(保健学専攻・母子保健学講座)修了、博士(保健学)
  • 専門分野は、母子保健学、公衆衛生学
  • 財団法人日本児童手当協会(児童育成協会)こどもの城・小児保健部、玉川大学文学部教育学科、人間学科を経て現職
  • 著書:「新しい時代の子どもの保健」日本小児医事出版社、「小児保健」ミネルヴァ書房、「保育ライブラリ 小児保健」北大路書房、「子どもの保健と支援」日本小児医事出版社、「新 生と性の教育学」玉川大学出版部など。
  • 学会活動:日本小児保健学会、日本公衆衛生学会、日本母性衛生学会、日本学校保健学会、日本児童学会など