先行研究と事前調査をしっかりと

2016.12.01
守屋 誠司

通常授業や研究授業は、一般には次のような手順で進められるであろう。授業に先立ち必ず教材研究を行う。教材研究では、教材観を確立するために、これから指導する内容とそれを教える教育的意義や目標、系統性について調べ、検討、理解する。そして、児童の実態を考えた上で、どのように指導するか、教材は何を用意するか、プリントも必要か、ICT はどうか、グループ学習を採り入れるか、評価は、……と、クラスの様子や特定の児童を思い浮かべながら、指導の仕方を工夫する。それらを学習指導案に起こして、授業実践する。授業が終われば、目標に照らして、その授業を反省し、その結果を次の授業実践に生かすこととなる。研究授業であれば、授業参観者が集まり、研究会や協議会と言われる、よりよい授業に向かっての授業研究が実施される。
以上は、当たり前に行われている、教材研究からの一連の流れである。しかしながら、校内研究に参加してみると、あまりにもこの流れが形式化しているように思われる。まず、先行研究がほとんど行われない。インターネットが普及して、過去の資料を手に入れやすくなったにもかかわらず、教師用指導書を読む程度では、不十分である。同じ単元の研究論文や学習指導案はWeb 上に多くアップされている。それらに目を通し、その単元で上手くいった指導法や残されている課題などを学ぶことから、しっかりとした教材研究を始めて欲しい。当然、参考にした文献等は、学習指導案の最後に参考・引用文献として掲載し、次にこの単元を指導する教師に参考となるようにしておくことも大切である。
次に、教材観である。教育内容を理解できていないのは論外であるが、「なぜ、この内容をこの学年の児童に教えなくてはならないのか?」に考えが至らないケースが多い。教科書に書いてあるから、教師用指導書にこう書かれているから、学指導要領解説によると、……となる。では、そもそも学習指導要領でなぜ採り上げられているのかを考えて欲しい。目標も含めた教育課程論や内容論を素通りして、教科書会社にお膳立てされた全国共通な教材観を作り上げてしまう可能性が大きい。「一現場教師がそこまで考えを巡らす必要はないでしょう」と言われそうだが、このような既成の教材観では、児童・生徒に、「なぜ、この単元を、内容を、算数・数学を勉強しないといけないのか?」、現在で言えば「AI(人工知能)が発展する社会で算数・数学って必要なの?」と問われたとき、説明に窮することになる。 そして最後に、児童観である。「このクラスは男子*名、 女子*名で、 女子の意見で……」といった実態を述べている場合が多いが、その実態がこれから指導する算数の内容と関係あるのか、全くわからない。本来ならば、これから教える内容に関わる児童の実態について、調査して、その結果を述べるものである。そして、この結果に基づいて、目標や指導計画が練られるはずである。例えば、既習内容の理解が不十分なら、単元の導入では復習時間を十分とらなければならない。また、すでに教科書の内容を知っているとしたら、どのように理解しているのか、理解の程度はどうなのか。また、内容に対する誤認識を持っていれば、それを修正する手立ても新たに考える必要がある。さらに、先行研究で、つまずきが報告されていたならそれに対する策も講じる必要がある。
事前調査を丁寧に行い、指導に生かした事例として、ある公立小学校1 学年での「繰り下がりのある引き算」の指導例を詳しく紹介したい。まず、この単元の前に指導されている、数の分解・合成、足し算・引き算、3口の足し算・引き算の理解の実態を調査した。さらに、未習の繰り上がりのある足し算と繰り下がりのある引き算について、計算問題、文章題からの立式と図を使って計算の仕方を説明できるかも併せて調査した。10までの分解と合成が十分できず指を使う児童が36%いたり、計算時間では個人差が大きかったりすることが分かった。そこで、繰り上がり・繰り下がりのない1桁同士の加減計算を速くできるように25マス計算を5回ずつ実施した。計算は回を重ねるごとに速くなった。ただし、数に対する認識が低く、計算の原理が分かっていない児童は、計算時間の短縮は難しいため、該当児童には特別な指導を続けた。
次に、未習事項である、繰り上がりのある足し算の事前調査結果は、表1の通りであった。

表1 足し算の実態(9月11日実施(25名))

[4] 9にんで あそんで います。そこへ 3にん きました。みんなで なんにんに なりましたか。
しき
こたえ □にん
式 96%

答 84%
[5] 9+3の けいさんの しかたを ずやことばで せつめいしましょう。 64%
9個の○にそのまま3個の○を足す図(16名 64%)

[4]の繰り上がりの未習計算でも、すでに84%の児童が正解できる。しかも、[5]から、64%の児童は○を使って図表現できている。ただし、図表現から、10の塊を意識せずに数え足しで計算していることが分かった。
同様に繰り下がりのある引き算の事前調査を行った。結果は表2の通りである。このとき、まだ、繰り上がりの足し算は指導されていない。

表2 引き算の実態(9月30日実施(25名))(→は11月6日実施(26名))

問題正答率
[1]ひきざんをしましょう。
⑦14-8 
⑦60%
   →73%
[2]□にかずをかきましょう。
④12から4をひくと,□に
なります。
④72%
   →73%
[4]12にんで あそんで います。9にんかえりました。のこりは,なんにんに なりましたか。 式 80%
   →92%
答え68%
   →77%
[5]14-8のけいさんのしかたを,ずやことばでせつめいしましょう。 ○ 80%
   →85%
× 20%
(内2名無答)
   →15%
(内1名無答)
図1 導入時の教具
図2 加減法の図表現

[4]の未習計算でも68%の児童が正解している。また、[5]からも、図を描いている子供は多いことが分かる。しかし、足し算と同じように10の塊は意識されておらず、ほとんどが14個を横に並べて、そこから8 をまとめて取る考え方の図となっている。この時点では、数え引きで計算していることが分かった。
これら児童の実態から、指導方針としては、答えが求められることより、10の塊を意図的に構成して計算するという、十進構造を基盤にした繰り上がり・繰り下がりの原理の理解に重点を置かなければならないことがハッキリした。
この方針で繰り上がりのある足し算が指導された後で、引き算の2回目の事前調査を行った。正答率は表2の「→」で示した通りである。未習項目にもかかわらず、正答率が向上している。これは、足し算の指導が引き算にも影響を及ぼしていることを示している。ここまで事前調査を行い児童の実態を把握していると、繰り下がりのある引き算での指導計画と重点は一意に決まる。つまり、数え引きで計算できることは分かっているので、10の塊を意識させた指導手順を採ることである。そこで、10の塊と、それを1にばらすことを意識させるために、図1のような、卵パックを使い、さらに、1のバラが見えないように導入では覆いをしておくという、教具が工夫された。
また、計算の方法を考えさせる際には、児童の思考を中断させるブロックによる操作活動は行わず、図で思考過程を表現させた。図2は、計算が苦手だった児童の図表現である。
学習指導案に記載される教材観、児童観、指導観を形骸化させないために、算数・数学教育の市販図書や研究論文を参考にした教材研究と丁寧な事前調査を試みて欲しい。

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 教授
  • 東北大学博士課程情報科学研究科修了。博士(情報科学)。
  • 山梨県の公立小・中学校の教諭を勤めた後に、兵庫女子大学専任講師、山形大学助教授、京都教育大学教授を歴任。この間に山形県立保健医療大学、福島大学、大阪教育大学等の非常勤講師を務めた。京都教育大学名誉教授。山梨大学・東京福祉大学非常勤講師。
  • 専門は数学教育学で、教材開発や教育方法、数学的認知、比較数学教育、数学の文化史を研究する。
  • 数学教育学会理事。
  • 著書:『小学校指導法 算数』(玉川大学)編著・他多数。