子ども理解について

2019.01.01
渋谷 行成

「僕の前で小学校のこと,中学校のことは話さないで,思い出したくない」。
児童福祉施設で出会ったA君の言葉です。教育者や保育者を目指している皆さんはこの言葉を,どう受け止めますか?
A君のことで,児童福祉施設の施設長だった私は,小学校の副校長先生と担任の先生から「お話があるので来ていただけませんか?」との連絡を受け,駆け付けました。副校長先生は笑顔でしたが,担任の先生は不機嫌な顔での出迎えでした。
「私にはA君を中学に送り出すという責任があります。だから,椅子に座っていられない,大事な話をしている時に,どうでもいいような質問を繰り返す,隣の生徒にちょっかいを出す,そんなA君に対して,かなり厳しく対応しています。しかし,聞くところによると渋谷先生はとても甘いと聞きます。私のやり方が間違っているのでしょうか?」と担任の先生は喧嘩腰で切り出してきました。「本当に熱心な先生なんだな」と思うのと同時に「僕は担任の先生には嫌われている,でも,施設長とは親友なんだ」と少し寂し気に話していたA君のことを思い出しながら,私はそのお話を聞いていました。

話し合いの後,担任の先生は門まで私を送ってくださり「少しやり方を変えてみます」とおっしゃってくださいました。しばらくして,副校長先生から「あれから担任は変わりました。ありがとうございます」との電話をいただきました。

研究室の机には私の送別会での記念写真が納められた写真立てがあります。そこには,駆け付けてくれた高校生になったA君の姿もあります。「渋谷先生のケーキだけが大きい」「ずるい,取り換えてください」と繰り返すA君に,主役に大きめのケーキを用意した仲間たちが呆れながら「少しは空気を読めよ」と応じます。こうした光景の中にいるのも今日が最後なんだなと,少し寂しい気持ちで帰路についたこと,その写真を見るたびに思い出しています。

行動には必ず気持ちが伴います。子どもたちの気持ちを丁寧に理解しようとする姿勢と発達障がい等についての知識を持たない熱心な教育者ほど子どもたちを傷つけてしまう場合があります。発達障がいだけではありません。虐待の影響を受けた子どもたちも苦しんでいます。教育者へ向ける敵意も,今までその子どもが出会ってきた大人たちへの不信感の深さを表しているのかもしれません。貧困による子どもへの影響も深刻です。「大田区子どもの生活実態に関するアンケート調査報告書1)」では「自分が価値がある人間だと思うか」の質問に対して,支援が必要と思われる世帯のうち46.8%の子どもが「そうは思わない」と答えています。

教育者として,あるいは保育者として,あなたが子どもと関わった時間が,子どもにとって,思い出したくない時間にならないためにも,また,出会って良かったと子どもたちが思える教育者になるためにも,学ぶことについて熱心であり続けてください。

【注】1)大田区福祉部福祉管理課「大田区子どもの生活実態に関するアンケート調査報告書」2017

プロフィール

  • 所属:教育学部 乳幼児発達学科
  • 専門:子ども家庭福祉、社会的養護、子どもの貧困、被虐待児支援
  • 職歴:常勤
       1995年―新宿区社会福祉事業団 入職
       2006年―新宿区社会福祉事業団 新宿区立かしわヴィレッジ 施設長
       2016年 新宿区社会福祉事業団 退職
       2016年 玉川大学 教育学部 乳幼児発達学科 教授(現在に至る)
       非常勤
       2002年―2007年 日本社会事業大学 非常勤講師
       2016年―2017年 立教大学 コミュニティ福祉学部 非常勤講師
  • 著書:・「保育の場で出会う家族援助論」2005年 建帛社
       ・「子どもの貧困白書」2009年 明石書店
       ・「子どもの学習支援に取り組む中で見えてきた貧困の諸相」2012年 社会福祉研究
  • 学会活動:「日本社会福祉士学会」
         「日本子ども虐待防止学会」
         「日本児童養護実践学会」