旅と読書

2014.01.27
河西 由美子

国際学会への参加のため例年1~2回程度海外に出張します。研究分野が情報行動や読書、本や図書館に関わるため、旅先で、それまで活字やネットでしか触れたことのない世界の現実に触れて感激することもしばしばあります。

一昨年のカナダ出張では、足を延ばして、「赤毛のアン」の島、カナダ東部のプリンスエドワード島を訪れました。島の中心地から、「赤毛のアン」の舞台となったキャベンディッシュまでのシャトルバスの乗客は私一人。ぽつぽつとドライバーと言葉を交わすうちに、彼のお祖母さんが、「赤毛のアン」の作者モンゴメリの親しい友人であったと聞きました。さらに私が日本人とわかると、お祖母さんが「赤毛のアン」の日本語訳が出版されることをモンゴメリ本人から聞かされたという話も語ってくれました。島にはモンゴメリ同様スコットランド系カナダ人が多く、ドライバーの彼もスコットランド人らしく詩心に溢れた風情で「赤毛のアン」の一節を口ずさんでから、「アンはフォロワー(follower 付き従う人)ではなく、リーダー(自ら道を拓き他を導く人)として描かれている。我々は皆アンのように生きなくてはいけないね」と語ってくれました。

その旅の直前に読んだのは、「赤毛のアン」の名訳を残した村岡花子氏の伝記「アンのゆりかご」でした。孫娘恵理さんによって書かれたこの伝記は、訳した人と訳された人が、異なる国に生きながら、女性としての生き方やその置かれた立場などに驚くほどの共通性(小説内の言葉を借りればまさに kindred spirits)を有していたことを鮮やかに描き出していました。おりしも「赤毛のアン」出版100周年を祝う島の美術館でモンゴメリの写真や私物の展示などを見ることができた私は、20世紀前半を生きた知的リーダーの二女性を、女性史の観点からあらためて眺め、感慨に耽りました。

昨年の夏は、図書館に関する2つの国際会議の掛け持ちのため、2週間半イタリアに滞在しました。会議の合間のヴェネツィア訪問を豊かにしてくれたのは、昨年(2009年)文庫版が出版された塩野七生氏の「海の都の物語」でした。干潟の上の特異な都市はなぜ生まれたのか、世界的な観光名所サンマルコ広場の由来は何か、ヴェネツィアに紙や本を商う店が今でも多いのはなぜか、中世の内陸ヴェネツィア領にあった世界第二の古さを誇るパドゥヴァ大学では、地動説で法王庁から睨まれていたガリレオをなぜ教授に迎えることができたのか(ガリレオが400年前に講義した同じ教室で今回会議が開かれ感激を味わいました)。それらの答えはすべて塩野氏の本の中にありました。私の旅を幾重にも深いものにしてくれた昨夏の比類なき6巻でした。

<後日談> なお、村岡恵理氏による「アンのゆりかご 村岡花子の生涯」は、平成26年度前期のNHKの朝ドラ化が決まったようです。主演は吉高由里子さん。楽しみですね。

  • 村岡恵理「アンのゆりかご 村岡花子の生涯」マガジンハウス 2008年
  • 塩野七生「海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年」全6巻 新潮文庫 2009年(文庫版)

(「玉川通信」2010年1月号をベースに加筆修正)

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 准教授
  • 東京大学大学院学際情報学府学際情報学博士課程修了
    博士(学際情報学)
  • 専門は教育学,教育工学,図書館情報学
  • 三省堂書店,外務省専門調査員(在シンガポール日本国大使館勤務),同志社国際中学・高等学校等を経て現職。2006年4月から2009年3月まで玉川学園・学園マルチメディアリソースセンター学習支援室長を兼任、同センターの設立準備と初期運営に携わる。
  • 著書:博士論文「初等中等教育における情報リテラシーの育成に関する研究」(東京大学 2008)、共著「学びの空間が大学を変える-ラーニングスタジオ・ラーニングコモンズ・コミュニケーションスペースの展開」(ボイックス 2010)ほか
  • 学会活動:日本教育工学会・日本図書館情報学会(国際委員)・International Association of School Librarianship (IASL)(論文誌査読委員)