語り始めた被災地の保育士たち

2014.05.28
鈴木 牧夫

2013年8月末,「3.11の事実を見つめ,命を守り生きる喜びを育てる保育を学び考えよう」というテーマでシンポジウムが行われた。これまでも復興セミナーということで,大阪で開催してきたが,被災地(仙台)で行うことは初めてである。できるだけ早く被災地で開催しようとしたのだが,保育士たちは話す言葉を失っていた。被災当時のことを思い出すと,感情がこみ上げてきて話ができないのである。震災から2年経って,やっと,話そうとする勇気が湧いてきたのである。語り始めようとする今,社会は震災のことを忘れつつあるのだが,これまでの支援に感謝しつつ,被災地から震災体験を語り継ごうとして企画された。
シンポジウムでは,主に,津波被害にあった亘理町立荒浜保育所と,原発の被害が甚大な福島市・さくら保育園の2箇所から報告を受けた。そこから見えてきたことは,第一に,保育の原点とは,「命を守ること」であり,「保護者・地域とつながり合うこと」の大切さだった。荒浜保育所では,適切な判断と避難誘導によって,全ての子どもたちの命を守り,保護者・町住民から絶大な信頼を得ることができたし,避難所におけるお世話でも先頭に立って行ってきた。さくら保育園では,放射能という見えない恐怖との闘いにおいて,科学者の協力を得ながら科学の力で子どもたちを守ってきた。
第二に,震災によって制限された環境に追いやられながらも,保育所では保育の工夫が凝らされていることである。荒浜保育所では,他の地域に先駆けて仮設保育所を設置したが,35人もの3~5歳児の子どもが一部屋で生活することは大変な状況であることに変わりない。仮設住宅で窮屈な想いをしている子どもたちに,保育園での,のびのびした活動をどう保障していくか,工夫が求められた。
建築家たちや学生たちの支援でベランダをつくったり,部屋をロッカーなどで仕切りを入れて,クラスごとの活動ができるようにしたり,近くの公園を園庭にして静と動の活動を作り上げてきた。さくら保育園では,放射能汚染によって園庭や園外保育が不可能であれば,部屋の空間を最大限に活かす取り組みを行っている。環境構成を工夫して,ダイナミックな活動を子どもたちの身のこなしを考えて作り上げたり,放射能汚染の心配のない自然(どんぐりや枯れ葉等)を部屋に持ち込んで,自然体験を保障したりしている。現在では,散歩コースの放射線量を測定して,散歩を実施する所まで進んでいる。このような取り組みは,新たな保育の創造とも言えるものである。

シンポジウムの後,「生活綴り方教育」の伝統を保育に活かすことを考えるにふさわしい機会であるとして,地元・仙台の30名の保育者たちがエネルギーあふれる荒馬を踊ってくれた(写真参照)。それは,震災の中で鬱積していたエネルギーの爆発(昇華)とも言えるものであった。 今こそ,語り始めた被災地の人々の声に耳を傾けたいものである。日本各地,「明日は我が身」状態なのだから。

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 教授
  • 東北大学大学院教育学研究科博士課程修了
  • 専門は発達心理学 保育学 保育現場と結びついた発達研究を行っている
  • 全国保育問題研究協議会常任委員会代表
  • 東社協保育部会講師
  • 著書:「子どもの権利条約と保育」(単著)、「イメージの世界をつくる子どもたち」(共著)、「かかわりを育てる乳児保育」(共著)、「確かな感性と認識を育てる保育」(共著)等