対面式教育の意義について

2014.10.02
有賀 亮

ヒトとヒトとが対峙する教育においては,教師の発話や態度が学習者に影響すると共に,教師も学習者から影響を受けるというインタラクティブな関係である。

ところが,近年急速に発達しているe –ラーニングでは対面によるコミュニケーションの有するメリットを必ずしも期待できない。その点について,実存主義哲学者であるドレイファス(2002)は,対面式授業では受講者は講義テーマについて尋ねられるかもしれないというリスク,教師は答えられない質問を受けるかもしれないというリスクを負っており,録画されたビデオによる授業ではそのようなリスクが伴わないため,質の良い学習環境を提供したり,質の良い教師をつくり出したりすることが難しいかもしれないとしている。

ヒトとヒトとが対峙する対面式教育における音声言語コミュニケーションにおいては,実は話し手と聞き手が互いのメッセージをさぐりあいながら,相手の発する信号を有意味な情報に転換している。それは相手の発信する情報を探索する能動的なコミュニケーションがなされていることを意味する。ヒトは情報を能動的に探索しながら,情報を創り出す存在である(野嶋2002)。従って,教育現場における教師と学習者の音声言語コミュニケーションは,さまざまな形で互いに情報を作り出そうとしているプロセスになる。音声言語コミュニケーションによって互いに情報を作り出そうとするところに,ヒトとヒトとが対峙する教育の意義がある。

教師と学習者の音声言語コミュニケーションにおいては,言葉の意味だけでなく,教師の意図や真意や感情,あるいは個人の特性などの情報も表現されている。さらに,学習者の応答からもこれらの情報が表現されているので,教師は学習者からさまざまな情報を受け取ることができるのである。教育において重要な点は,音声言語コミュニケーションによる教師と学習者との情報の交換である。このような情報の交換によって,人間の知識は断片的なものではなく,意味ネットワーク化されたものになるのである。このネットワークを構築するのがヒトとヒトとの対峙による音声言語コミュニケーションである。

カント(1803)は,人間は教育によってはじめて人間となると述べ,さらに,人間によって教育された人間による教育によってのみ人間となることができると述べている。その教育された人間による教育とは,教育者と被教育者が直接対面し,相互に言葉を交わす中で営まれる行為を意味するのである。従って,ヒトとヒトが影響し合わない関係であれば,いくら対峙していてもそこに教育は成り立たない。

参考文献
ドレイファス著,石原孝二訳(2002)インターネットについて─哲学的考察.産業図書
Kant, I. (1803) Über Pädagogik / Immanuel Kant ;
herausgegeben von Friedrich Theodor Rink.
Königsberg : Friedrich Nicolovius
野嶋栄一郎編(2002)教育実践を記述する.金子書房

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 教授
  • 玉川大学大学院博士課程満期退学
    早稲田大学大学院博士課程修了 博士(人間科学)
  • 玉川学園学術研究所、玉川学園女子短期大学を経て現職。
  • 専門分野に関しては、教育学における西洋教育史・教育哲学を中心に研究を進めていましたが、近年はそれに加えて教育工学における授業研究(分析)の研究も進めています。
  • 著書:『ペスタロッチー・フレーベル事典』(共著)、『教師論』(共著)、『新説教育の原理』(共著)
  • 学会活動:日本教育学会、日本教育工学会、日本教育心理学会 会員