図書館の神様

2014.12.24
河西 由美子

今年の夏期スクーリング終了後,情報行動に関する国際会議に出席するため,イングランド北部のリーズに向かった。
会議終了後,国立の児童図書センターを訪れるため,さらに北部のニューカッスルという街に足を延ばした。ウェブサイトの指示どおりに最寄りの地下鉄の駅に降りたものの,小さな駅前には案内板すらなく,タクシーもバスも見当たらない。途方にくれて駅前の労働党事務局(それしか建物が無かった)の受付で尋ねても「そんなセンターは知らない,聞いたこともない」の一点張り。日本から持参したスマホは圏外で,ネットに接続できない不便さを痛感した。
徒歩は諦めて,教えられたタクシー乗り場を目指して歩いていたところ,ニューカッスル市立図書館の建物が目に入った。やれありがたや,ウェブサイトを再確認しようと思い,図書館の入り口に近いコンピュータに直行し,腰を下ろすか下さないかのうちに,近くに座っていた青年が「何だ,何を調べるんだ」と話しかけてきた。利用者の一人だと思っていたが,図書館員だという。事情を話すと,すぐに自らウェブをチェックし,行き方のページを印刷してくれた上,徒歩で行くのが難しい距離とわかると,図書館内に常駐している市の職員を呼んでくれた。
その職員の男性は,自分の携帯電話でタクシーを呼んでくれた上(この地域では流しのタクシーは走っていない),タクシーが到着するまでの数分間図書館前で付き添ってくれ,タクシーのドライバーに詳細な道順まで伝えて私をタクシーに乗せてくれたのである。この一連の出来事は,私が目を丸くしている間にあれよあれよと展開し,まるで魔法のようであった。私は地図も,ましてやタクシーを要求するつもりなどなく,ただ行き方を尋ねただけであったのに!
そもそも私が困っていたことがどうしてわかったのだろう? 英国には歴史的に香港などアジアからの移民も多いので,外見の問題ではなさそうだ。まっすぐPC に向かったのだから,それほど困っているようには見えなかったはずである。
振り返るに,それは図書館員としての「本能」ではなかったか。情報を求めている人がいれば,蔵書のことに限らず助けることが彼にとってプロとしての本能であり本分だったのだろう。
ニューカッスル市の図書館は2009 年に新設されたというぴかぴかの建物で,御礼を言うため,改めて内部をじっくり見るために帰りがけに再度立ち寄りたいと思ったが,その日のうちにマンチェスター空港まで移動しなければならない旅程がそれを許さなかった。
日ごろ図書館の存在意義やありかたについて講義している身ではありながら,実は図書館がここまで親身に助けてくれることを心底から信じてはいなかった自分がいた。もしかしたらあれは,私の「信仰」を試すために「図書館の神様」が用意してくださった出来事だったのかもしれない。
図書館員という名の守護天使たちのために,今私はニューカッスル市長への礼状をしたためているところである。

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 准教授
  • 東京大学大学院学際情報学府学際情報学博士課程修了
    博士(学際情報学)
  • 専門は教育学,教育工学,図書館情報学
  • 三省堂書店,外務省専門調査員(在シンガポール日本国大使館勤務),同志社国際中学・高等学校等を経て現職。2006年4月から2009年3月まで玉川学園・学園マルチメディアリソースセンター学習支援室長を兼任、同センターの設立準備と初期運営に携わる。
  • 著書:博士論文「初等中等教育における情報リテラシーの育成に関する研究」(東京大学 2008)、共著「学びの空間が大学を変える-ラーニングスタジオ・ラーニングコモンズ・コミュニケーションスペースの展開」(ボイックス 2010)ほか
  • 学会活動:日本教育工学会・日本図書館情報学会(国際委員)・International Association of School Librarianship (IASL)(論文誌査読委員)