科学するTAMAGAWA 考え方をトレーニングする公民科

2012.02.24

社会事象を導入にさまざまな角度から検証し
自己との関わりに着目して学びながら、
多様性の深い理解と社会の一員としての相対的な価値観、
個人としての絶対的な価値観を確立する『公民科』 。

倫理と政治・経済を重ね合わせて学ぶ

世界は急速に発展し、新たな技術や製品、価値観が生まれてくる現代。そうした人の営みを学ぶのが「社会科」です。玉川学園では、9年生までは「社会科」や「総合科」として学習し、10年生からは『地歴科』『公民科』として学んでいきます。11年生の必修科目となっている公民科「倫理、政治・経済」は、社会事象を広い視野でとらえられるよう多様な角度から理解し、自己との関わりに着目して学んでいくのが特徴です。
「地歴と公民は大きなグループでは“社会”とされ、同じようなものと思われることもありますが、それぞれまったく異なる科目です。玉川では、2011年度から倫理と政治・経済を合わせた科目として公民科「倫理、政治・経済」の学びがスタートしました。倫理と政治・経済はそれぞれ個別の科目ではありますが、重なり合う部分も多く、関連させて学べるのが2つを併せるメリットです」と語るのは、公民科の鳥海豊(とりうみ ゆたか)教諭です。

玉川では11年生の公民科の授業に先だって、日本史と世界史の有機的融合を図る『歴史に学ぶ』を10年生必修科目として2年前から設けています。
「日本史も世界史も時代の流れは同じです。それぞれに何があり、どのような影響を与えたかをセットで学べる利点があります。世界史の流れの中で日本史を学び、日本史の流れの中で世界史を学ぶことによって、より深い理解を得られます。『公民科』でも倫理と政治・経済は深く関連することがあります」。

社会との接点から自分自身を考える

『公民科』の授業では、政治や経済をはじめ、法律、生命、家族、異文化、宗教など学ぶ範囲は多岐にわたります。さらに、授業内容に応じて生徒たちが興味・関心のあるテーマを選び、それぞれを考察していきます。
「メディアなどで取りあげられた事象や家族、異文化などをとっかかりにしていくケースが多いですね。とくに異文化は、日常的に国際交流のある玉川学園だからこそ、理解しやすいでしょう。ただし、そこで摩擦や差別がなぜ起こるのかといったことも考えてもらうことを重視しています。公民は今の問題をどう取りあげるかがポイントです。そこから、自分と社会との接点、今動いている世の中のしくみなど、自分と社会がつながっていることをリアルに感じとってもらいたい、という思いがあります」と語る鳥海教諭。
授業では“3分間スピーチ”も実施。これは、個々の生徒に発表の機会を提供するとともに、新聞を読むきっかけ作りでもあるそうです。

「倫理の分野では、思想的なことが理解されにくいですね。テレビやインターネットで情報は得られるのですが、その背景にある思想までは見つけにくいのです。でも、じつは核になっている思想は変わっていません。ただ、現代では、これまでの考え方が当てはまらないケースが増えてきているように感じます。ましてや、“コレ”というただ1つの正解が出るものでもありせんし。ですから、こちらからいろいろな考え方を提示するようにしています。その多様な考え方をどう思うかという“考え方のトレーニング”になるからです」。
玉川学園では、他の授業においても“考える・議論する”ことを重視しています。その前提条件を広げてほしいという狙いもあるとのことです。

視点の違いで結論が変わることを理解する

この『公民科』が11年生の授業として置かれているのにも意味があります。
「中学生の年代で自我が芽生え、高校生世代になると、人としての基盤ができ、自我も確立し始めるころです。自分の考えをもち物事を一歩踏み込んで考えられるようになります。こうした時期に倫理を通じて考えるトレーニングができることが大きく、意味があるのです。反抗期を例に取るとわかりやすいかもしれません。その真っただ中にあるときには有効なアドバイスもあまり耳に入ってきませんが、その時期を過ぎ、気持ちが落ち着いたときに振り返ってみると、理解できることってありますよね」。
きっかけを提示し、それをどう考え自分の中に定着させていくか、そこに授業の大きな役割があります。

「経済も、社会全体のためにはこの方法がいいが、個人レベルで考えればこっちのほうがいい、というケースが多々あります。“多くの人たちの幸せ”か“本当に困っている人の幸せ”か、というのは政治にも経済にも、そして倫理にもなっているのです。現代では、その動きが速いのが生命倫理の分野でしょう。かつては人権が論点の核となっていましたが、どこか遠いところの話でした。それが、現実レベルの話となっているのです。臓器提供も生命をつなぐことはいいこととわかっていても、自分の肉親や親しい人が提供する側だったらどうでしょう。提供を待っている側だとしたらどうでしょう。立場によって出てくる結論が異なり、どれも間違いではない、ナーバスな問題です」。

共通しているのはプロセスにある合理性

では倫理と科学の接点はどこにあるのでしょう? 一見するとかけ離れたもののように感じますが……。こうした疑問に、鳥海先生は答えてくださいました。
「経済学は“選択をする学問”と言われることがあります。物を作り出す行為や物を買うという行為は、限られたものから自分にとって最善の物を選び取ることです。そこには理論的・合理的な考え方が存在します。ベースにあるのは“材料をしっかりと並べ、それを基にどう考えるか”ということです。筋道を立てて考える、まさに科学のそれです。倫理でも同じことが言えます。最善の選択のために、どう考えるか、その考えの組み立てに論理的な矛盾がないか……、考え方のベースは同じです。どんな材料を用いて、どんな結論が出てくるかに違いがあるだけのことなのです」。

論理的な矛盾が生じないよう、いろいろな考え方、視点からアプローチしていくことが科学です。“科学”と聞くと、自然科学や理科系の学問をイメージしてしまいがちですが、“science”には知識や知恵、知識に基づいた技術という意味もあることに納得です。