科学するTAMAGAWA 世界の問題を自分の問題として捉える「アフリカン・スタディーズ」

2013.06.25

グローバル時代といわれる現代にも、いまだ残る多くの差別や偏見。
こうした問題に対し玉川学園では、
教室でのアクティビティや海外での実体験を通した学びで、
自身や世の中の偏見に気付くきっかけづくりに取り組んでいます。

「偏見」に対し教育はどう向きあうのか

セツワナ族の伝統が体験できる
Bahurushe文化村(ボツワナ)

グローバル化が進み、気軽に海外旅行へ行ったり、日本で日常的に外国人を見かけたりすることも、ごくあたりまえとなりました。にもかかわらず、国や人種に対する偏見はいまだ存在しています。例えば報道では、在日韓国・朝鮮人などに対するヘイトスピーチが問題として取り上げられたり、ときには政治家の差別的な発言が糾弾されたりもします。もしかしたら、私たちも無意識のうちに外国や人種に対して偏ったイメージを持っていないでしょうか。

こうした問題について、学校教育はどのように向き合えばよいのでしょうか。玉川学園では、発展途上国の貧困や人権などについて学ぶ、12年生(高3)を対象とした公民科の「ワールド・スタディーズ」という科目を設定。その中の「アフリカン・スタディーズ」というスタディツァーを通じて、生徒は実際にアフリカの地を訪れ、現地の人々と交流したり環境を肌で感じとる機会を得ています。

担当の硤合宗隆(そあい むねたか)教諭は「偏見というものは個人の価値観の問題。年を重ねてから変えようと思ってもなかなか難しいものです。でも、高校生段階で現地の状況を目の当たりにすることで、自分が持っていた偏見に気付くきっかけにはなるはずです」と話します。今回はこの「ワールド・スタディーズ」や「アフリカン・スタディーズ」の特色とねらいについて、硤合教諭に話を聞きました。

価値観が変わる経験をさせたい

「ワールド・スタディーズ」は、開発途上国の貧困、差別、マスメディア、人権、環境といった問題を扱います。授業では、色々なアクティビティを通して、生徒自身が考えながら学んでいくことが特徴と硤合教諭は話します。「目的は知識を教えることではなく『世界の諸問題が自分とつながっている』ことに気付いてもらうこと。新聞や映像資料を使って世界の差別や争いなどに関するタイムリーな話題を提供したり、その内容についてクラスメイトとディスカッションすることが、授業中の活動の中心になります」。

また、授業後には、各自が感じたことや考えたことを、ノート1ページ分の「ダイアリー」として記すことを課題としています。「偏見を持つということは、個人の内面の問題。様々なテーマで自分自身との多くの対話を通して、それに気付いて欲しいと考えているのです。初めのうちはその回の授業の概要を中心としたダイアリーが多いです。しかし回を重ねるごとに生徒の考えが深まっていくのが見て取れますし、1回の授業で2ページ以上にわたり書いてくる生徒もたくさんいます」と硤合教諭。生徒たちは、こうした学びを通して“世界のこと”を“自分のこと”として感じるようになるのです。

現地を自身の目で見て肌で感じる

ピーランズバーグ国立公園(南アフリカ)

この授業の中の選択プログラムとして「アフリカン・スタディーズ」は展開されています。夏休みを利用した11日間の日程で、ボツワナ共和国と南アフリカ共和国の2国を訪問します。「目的は現地の人と話し、ともに生活し、自分との違いや共通点を認識することです。例えばボツワナでは、マルアプラ校(Maru-a-Pula School)の寮で生活し、現地の高校生と寝食をともにします」と硤合教諭。

このプログラムでは、両国の現状や歴史的な問題を直に目で見て、肌で感じる体験を組み込んでいます。「ボツワナはダイヤモンドの産地であり、アフリカの中では比較的裕福な国ですが、一方でHIVの蔓延が深刻な状況にあります。それに対する日本の援助について国際協力機構(JICA)でお話を聞いたりします。実際にHIVで両親を亡くしたり、自身がHIVに感染している子供を受け入れている施設を訪れ、子供たちと一緒に遊ぶ体験もしています」。

JICAハボロネ事務所(ボツワナ)
世界遺産ロベン島
島内に飾られている
アパルトヘイト時代の写真

「一方の南アフリカは、アパルトヘイト政策で、白人層が黒人を含んだ非白人層を差別してきた歴史を持つ国です。生徒は、ネルソン・マンデラ元大統領も収容されていたロベン島を訪れ、元囚人の方から直接お話を伺ったり、首都ケープタウンにある合法的スラム(タウンシップ)を訪ねたりもしています」。

自分の偏見に気づく感覚を育てる

マルアプラ校の先生の紹介で
郊外のムシャニー村で社会奉仕活動(ボツワナ)

こうした経験から、生徒たちは何を学ぶことができるでしょうか。硤合教諭はこう語ります。「例えば『アフリカは貧しく悲惨な場所だ』というイメージを持っている人がいるとしましょう。実際にはそのイメージが全てではありません。もちろん、貧しい地域もありますが…。しかし、ケープタウンのスラム街にある保育所などでは、子供たちへの教育やしつけがしっかり行き届いていて、お菓子をもらうときにきちんと並んだり、年長の子が下の子にお菓子を分けてあげる光景が見られます。見た目が貧しいとしても、決して食べ物を奪い合うような悲惨な状況ではなく、日本人の私たちから見て、子供たちの姿は、実は“普通”なのです。そういう光景を目の当たりにすれば、アフリカは『貧しい』『治安が悪い』『怖い』といったイメージだけを持つことはおかしい、ということが実感できるはずです」。

ムシャニー村の子ども達と(ボツワナ)

実際に、「アフリカン・スタディーズ」を体験した生徒とそうでない生徒とでは、アフリカに対するイメージの差が顕著に表れるともいいます。「『フォトランゲージ』という、ある写真に写っている部分から、そのまわりの状況を推測してもらう教材があります。そこで、例えば黒人の子どもの顔だけが見えている写真を見せると、98%もの生徒が“貧困”や“飢餓”といったネガティブなイメージを持ちます。本当のところは、その写真は移動文庫で本の貸し出しに並ぶ子どもたちなのですが…。そこにネガティブなイメージを勝手に重ねてしまうのはある種の“偏ったイメージ”をその人が持っているということです。しかし、『アフリカン・スタディーズ』の経験者は、ほとんどネガティブなイメージを持ちません。現地を体験したことで、『アフリカ=貧困』というイメージは、偏ったものだったと気付いたからでしょう」。

アフリカ大陸の最南西端「喜望峰」(南アフリカ)

もちろん、2ヶ国を見ただけでアフリカのすべてがわかるわけではなく、それにより、私たちの偏見が完全になくなるわけでもないと硤合教諭はいいます。「しかし、世の中でまことしやかにいわれる『○○人だから○○だ』というような言説が、“明らかに偏ったおかしいものだ”という感覚は芽生えるはずです。こうした感覚は、教室の中で知識だけを教えてもなかなか育ちません。それは経験を通して、自身との対話を通してはじめて、感覚として獲得されるものだからです。この“おかしい”という感覚に気付いた生徒が、大学や社会で知識と経験を積んで、いつかこの“おかしい”を解決するための“行動”にまでつなげられる人に育ってほしいと願っています」。