科学するTAMAGAWA 具体論から入る理解しやすい現代哲学

2012.02.25

かつての倫理・哲学の「かの有名な哲学者はこう説いた」
ではなく具体的な問題を提起し、考えることを出発点に最善を探る。
プロセスとアンサーがいくつもあることを理解することで
いま求められている多様性が身についていく。

対話・議論し、考えを確かめながら最善の道を探る

倫理や哲学と聞いて、どんなことをイメージしますか? 一般的には「難しい」とか「模範的な生き方、考え方をおしつけるようで堅苦しい」ととらえられているケースが多いようです。そのような倫理や哲学をわかりやすく授業しているのが、文学部人間学科の岡本裕一朗教授です。
「哲学といえば、もったいぶった言い回しで、非現実的で役に立ちそうもないことを言っている。暗い。説教くさい人生論。世間的にはそのようなイメージでしたが、研究者の間ではすでにそのイメージは払拭されていました。ただ、衰退は日本だけのことではなく世界的に見ても、80年代くらいから始まっていました。大学でも開講されていた科目が削られていきましたし、現実に対応できないような問答はとくに高校生に受け入れられない状況でした。下火になった要因は、時代の流れもあったのでしょうが、教える側にも問題がありました」。

それが、最近になって変化しはじめてきているといいます。
『これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学』などの著者で、ハーバード大学教授のマイケル・サンデルの講義にヒントがありそうです。
「人生論的なものはそのままでは通用しません。具体的に問題を提起して、それをどう考えるのかを考えさせるのです。誰それの哲学を教えるのではなく、コミュニケーションやディスカッションのなかで、考えを確かめつつ最善の道を探っていく。じつはそうした講義は、以前から行っていたのです」と語る岡本教授。学生たちと対話したり、議論したりする経験から、具体的でわかりやすい授業を確立したといいます。

コピー&ペーストは100%悪なのか?

「コピペ(コピー&ペースト)やロボット、CG、ゲームなど具体的なことを題材に、そこにどんな問題が潜んでいるのか、考え方があるのかを提起するのです。現代哲学はそれが主流です。一面的で視野が狭いと言われる今の学生たちに“何が問題か”を問うのです。問題のどこに問題があるのかを考え、知っていることに驚きをもって自分の考えを問い直す、それができるかどうかがポイント。自分が考えていたこと、信じていた世界はこれでいいのか、そこに疑問を感じたら、ではどう考えればいいのか。じつは、こうしたことは哲学がこれまでやってきたことなのです。また、自分と異なる意見、価値観をどう考えるか、理解するか、ということはコミュニケーションの一部です。その能力を持っていれば、多面的に考えることも深く掘り下げることも可能になるのです」。

また、岡本教授は、一般的に正しいと思われていることを問い直す“否定的な目”や“疑いの心”を持つことが大切といいます。
「論文作成などでは、コピペは悪とされていますが、インターネットの情報を引用しなくても、文献などから何かを引用することがありますよね。むしろ何も引用しなければ論拠がないとされ、オリジナルなものを作ったとしても理解・評価されないことがあります。これまでに発表されたことにどこか似ていることがあると理解されたりします。そう考えていくと、コピペが善なのか悪なのかわからなくなってきます。さらに、さまざまなジャンルで、“コピー・模倣・マネは良くない”とされています。しかし、オリジナルと思われるものも模倣の上に成り立っていて、元にしたものも何かのコピーだったというケースもあるのです。となると、世の情報はコピペで成り立っている、と考えられなくもないのです」。

1つの問いにいくつの答えが出せるか

「他の人と同じと思っていたことが実は違っていた、なんて経験は誰にでもあると思います。目の前のものを見て“鮮やかな赤”と隣にいた友達に言っても、同じように見えているのか、イメージを共有できているのか、でもそれはどう比べればいいのか。ロボットと人間は何が違うのかを考えても、心があるのが人間という人がいますが、では心とはいったい何なのでしょうか。こうして考えていくと善悪や境界線がどんどんと曖昧になっていきます。そうした“他人と自分の考えは同じなのか”や“自分が思ったことはこれでいいのか”といったことこそ、哲学の始まりなのです」。

哲学や倫理では、10人いれば10通りの答えが出てきて、正解が決まっていないことがほとんどで、数学のように唯一の正解がある学問と比較されることがよくあります。
「答えが1つでないのは学問の違いによるものですが、どの学問・研究も最先端分野は、実は答えが決まっていません。だから研究をしているのです。また、答えが1つしかないのは1つの発想しかできないともいえます。1つの問いにいくつの答えが出せるか……それが“アイディア”と呼ばれるものです。多様化が叫ばれている現代では、さまざまなスタイル、別の視点が重要です。そうしたところからいろいろな答えの可能性や、アイディアが生まれるといえるでしょう」。

哲学=philosophy=智を愛する

岡本教授は、哲学を芸術や科学、社会など あらゆる分野にまたがる知識を理解できるものとイメージしたことから、研究の道を歩み始めました。
「問題はどこにでもあり、それをきっかけに今まで正しいと思っていたことが果たして本当に正しいのか、また、何を正しいと思えばいいのか、その基準を問うのが哲学。学問は『○○学』と呼ばれることがありますが、英語のphilosophyは本来『智を愛する』という意味で、『○○学』ではありません。今風に表現するなら、“領域横断的”とか“学際的”という意味です。それぞれ違って見える知識のあいだで、ネットワークを形成することともいえるでしょう」。

ところで、世の中には血液型による性格判断や脳科学によるマインド・リーディングなど、他人や自分を客観的に知るために用いられるツールがあります。
「自分を知りたい、他人を知りたいという願望は誰にでもあります。血液型での性格判断は、学問的には根拠がありませんが、対象をどこかに当てはめることで理解しようとするのは、人間の基本的な傾向といえます。よく、就職活動期に“自分探し”を始めることがありますが、大学にいる時間は、自由な発想で考えられる貴重な時間です。その結果、これまでとは異なる考え方を見出すことも、違った生き方をしていくこともできるでしょう」。
こうして“何かを見つける”ことが、有意義な学生生活なのかもしれません。