科学するTAMAGAWA 身近な自然環境を保全するために 農学部・吉川教授の研究とその想い

2014.08.22

いまや地球規模で問題となっている環境破壊。
実は、私たちの身近な水辺にもその問題は迫っています。
日本の河川や湖にはどのような問題が潜んでいるのか、
水生生物生態学の見地から農学部・吉川教授がひもときます。

生物への興味から研究の道へ

グローバル化が進み、国境を越えた人の往来がますます増加している昨今ですが、国境を越えているのは人間だけではありません。さまざまな生物もまた、意図的にせよ意図的でないにせよ、国境を越えて行き来しています。その中には、もともとその地にあった生態系を破壊するほど生息域を広げてしまう「侵略的外来種」も存在します。

こうした環境問題に取り組んでいるのが、玉川大学 農学部 生物環境システム学科の吉川朋子教授です。「私は文系の出身で、大学卒業後は高校の教員を務めていました。しかし、もともと生物が好きで、ダイビングを始めたことをきっかけにその思いが高まり、大学に入り直して海洋生物学の道へ進みました」と吉川教授。玉川大学農学部に赴任してからは、身近にある淡水の生物にも範囲を広げ、現在はキャンパスにある奈良池や玉川池、箱根の河川、北海道の湖などでのフィールドワークに取り組んでいます。そうした身近な水辺の生物とその環境問題について、吉川教授にお話を聞きました。

キャンパス内の生態調査を実施

ブルーギル

玉川の丘は、東京・神奈川を経て東京湾に注ぐ鶴見川の水源地のひとつとなっており、キャンパス内には、奈良池、玉川池というふたつの池が存在しています。「奈良池では、神奈川県内で最後までゼニタナゴの生息が確認されていました。現在、ゼニタナゴは絶滅危惧ⅠA類に指定されており、神奈川県では見られなくなってしまいました。その原因のひとつは、外来魚によるものだと考えられています。奈良池ではゼニタナゴが中国産のタイリクバラタナゴに取って代わられた後、現在確認されている魚のほとんどが北米産のブルーギルです。」と吉川教授。

そこで吉川教授の研究室では、奈良池のブルーギルを採取・解剖し、胃の内容物を調べてブルーギルがどのような食性をもっているかを調査しています。「その結果、ブルーギルはふだんはミジンコやユスリカの幼虫、夏場はアリやダンゴムシなど池に落ちてきた陸生昆虫を食べていることがわかりました。個体数が多く過密気味で、小さいサイズで繁殖しているようです。このような場合、駆除を試みて数を減らすと元気で大きな個体が増えると思います。他の池では、全部駆除した後にアメリカザリガニが大量発生した事例もあります。このように一度生態系のバランスが崩れると、元に戻すことは難しいのですが、まずは実情を把握することから、よりよい再生の方法が見えてきます」。

稀少生物が残る玉川池

一方、玉川池にはブルーギルはおらず、モツゴ、トウヨシノボリ、ヌカエビといった、もともと日本の里山にいた在来生物が確認されたそうです。「現在、大学教育棟2014建設のため、玉川池の水を一端抜いて整備を行っています。そこで池の生物をほかに移して保管すると同時に、その実態調査を行いました。その結果、たとえばモツゴは推定で1万7000匹が生息していました。また、個体数が激減しているヌカエビも多数生息していることもわかりました」。

※モツゴの数は、捕獲したものに標識をつけて池に戻し、再度捕獲した数から推定しています。

玉川池の生態調査(7月10日・16日・17日・18日・23日)

モツゴヨシノボリヌカエビアメリカザリガニコイゲンゴロウブナハクレンミシシッピアカミミガメクサガメ
11190 87 1265 139 15 1 19 1 1
  • 数値は、吉川教授を中心とした農学部・教育学部の教員と学生が5日間、玉川池の生き物を捕獲した個体数です。

ヌカエビは、釣りえさやペットとして中国から日本に輸入されたカワリヌマエビ属の生息地拡大により、埼玉県・千葉県では絶滅危惧Ⅱ類に指定されている稀少動物。つまり玉川池には、在来種が生息できる環境がある程度保全されていたということです。「ただし、ほかにハクレン、ミシシッピアカミミガメといった、外来種も確認できました。これらの生物は、コイも含めて後から人間の手によって放されたものです。玉川池の整備完了後は外来種を排し、在来生物が生息できる環境をきちんと保存していきたいと考えています」。

吉川教授によると、玉川池は深さが一様な”風呂おけ型”で単一な環境であるため、住める生物が限られているそうです。「深いところ・浅いところを設け、さらに小川もつくることができれば、玉川池にはもっと多様な生物が住めるようになるはずです。数が減っているホトケドジョウやメダカも住めるでしょう。また、貝類が暮らせるようになれば、そこに卵を産むゼニタナゴも育つことができます。そのような多様性に満ちた環境を実現できたら、玉川の水辺はもっと豊かなものになると思います」。

学外にも広がるフィールドワーク

玉川大学農学部では、箱根、鹿児島、北海道にも研究施設をもっており、そこでのフィールドワークも手掛けています。たとえば、北海道では弟子屈町と共同で、屈斜路湖やその流入河川のプランクトンや魚類、水生昆虫についての調査を継続的に行っています。「今年はニホンザリガニの調査を行いました。ニホンザリガニは、もともと北海道に数多くいましたが、現在ではその個体数は大きく減少しています。その要因のひとつとして考えられるのが、北米からの外来種であるウチダザリガニの増加です」と吉川教授。

ウチダザリガニはニホンザリガニよりだいぶ大きくて強いことに加え、ウチダザリガニがもつ病気により、ニホンザリガニの数が減少している可能性もあるそうです。ほかにも、阿寒湖でマリモの中に巣を作ってしまったり、サケ科魚類の卵を食べてしまったりと、ウチダザリガニによる被害は甚大だといいます。「そこで、まずはニホンザリガニが生息する環境を調べるために、生息地の水温や照度などの環境データを採取し、生息しない場所との比較を試みています」。

ただし、自然の生態系は非常に複雑であり、こうした調査で一朝一夕に結果が出るというものではありません。「たとえば、屈斜路湖の在来の魚を増やそうと考えると、流入河川の堰をなくし、魚が産卵のために遡上(そじょう)できる魚道を確保することが良いように思われました。しかし一方で、ニホンザリガニが生息するためには、堰があり、湖からウチダザリガニが上がってこれず、魚が多すぎない環境が必要だということもわかってきました。これを両立するのは非常に困難です。このように、自然の生態系というのはとても複雑に絡み合って成り立っています。保全を進めていくためには、それらを一つひとつ調べ、それぞれの場所で守りたい種に対応したマネジメントをしていくしかないのです」。

屈斜路湖 刺網での魚類相調査
屈斜路湖に釧路川から遡上してきた
ベニザケ
北海道 河川調査
北海道 ニホンザリガニ調査
北海道 河川で採集したサケ類
鹿児島 潮間帯生物調査
箱根 水生昆虫と礫サイズの実験

社会で役立つ“環境を見る目”を養う

こうした研究は、フィールドに出てこそ成り立つもの。吉川教授の研究室に所属する学生も、それぞれの研究内容に即したフィールドワークに取り組んでいます。「学生にはふだんから『相手の立場に立てる想像力を持って欲しい』といっています。フィールドワークは必ず複数の人間で行うため、お互いの助けなしでは研究が成り立たないからです。また、フィールドワークの場はキャンパス内だけでなく、箱根、鹿児島、北海道と多岐にわたるので、いつも私がその場にいられるというわけではありません。ですから、自分の計画遂行のために、教員でも他の誰でもなく、自分で自分を後押しできる力が大切だと伝えています」。

また、こうしたフィールドワークを通して、“環境を見る目”を養うことは、たとえ研究の道に進まなかったとしても、必ず社会で役に立つと吉川教授は話します。「現在、環境問題はあらゆる場所で深刻なテーマとなっています。したがって、どんな企業であれ環境問題を無視して事業を行うことはできません。ですから、“環境を見る目”を養うことは、将来どんな職業に就くとしても活用できるものだと考えています」。

人のしたことは人が責任を取る

近年、外来種といえども生きものなので、それを駆除するのはかわいそうだという意見もあると吉川教授。「それはその通りですが、では、外来種に在来種が駆逐されていくのを黙って見ているのがいいのかというと、そんなはずはありません。外来種が持ち込まれた原因の多くは人間の手によるもの。自分たちのせいで外来種が増えてしまっている以上、責任を放棄せずにコントロールする努力が必要だと考えています。現在、環境保全意識の高まりを受けて、外来種の駆除を目的としたNPO団体の活動も活発になってきています。私も、身近にいる生物と環境との研究を進めていくなかで、よりよい保全の方法を模索していきたいと思います」。

最後に、吉川教授は皆さんへのメッセージとして次の言葉を残します。「皆さんにお願いしたいのは、なるべく野外に出る機会をつくって、自然環境やそこに暮らす生物を見てほしいということです。やはり、実際に見て、知って、親しみを持てなければ、それを守りたいとは思えないでしょう。ですから、少しでも多くの人が、身近な生物のことを知り、それらの暮らす環境について考えてくれたらと願っています」。

カワリヌマエビの雌雄判別
鶴見川で採取したカワリヌマエビの雌雄判別。生殖肢の形態の違いにより雌雄を判別する。この写真はメス。
ブルーギルの解剖
奈良池のブルーギルを解剖し、胃の内容物を観察。この個体の胃の中からはダンゴムシが出てきた。

ベンケイガニの巣穴のインターバル撮影からベンケイガニの行動時間を考察
日が暮れる前後に巣穴からの出入りが多く観察された。

鹿児島の施設で行った
ベンケイガニの餌選択実験

ベンケイガニに数種の木の実を与えると、好みの木の実を運ぶ様子が観察された。