科学するTAMAGAWA 子供の知的好奇心に応える玉川学園の学習サイト

2014.11.25

玉川学園のウェブサイトには、
全国からメールで質問が寄せられる人気コンテンツがあります。
これを手掛けるのは、教育博物館の多賀譲治研究員。
自らも学びながら子供の知的好奇心に応えることが、
このサイトの人気の秘訣だと語ります。

掲載質問3,000件超の学習サイト

玉川学園はキャンパス内に教育博物館を設置しており、創立者 小原國芳の思いを受けて近世近代の教育関係資料や土器などの考古資料、絵画などの美術資料を収蔵し、調査研究、展示を行っています。

また、教育博物館には玉川学園の創立以来の活動の様子を伝える学園史料を整理し、保存する仕事があります。特に小原國芳の書斎等に遺された書簡をお預かりして学園史料の観点から整理を進めています。この仕事にあたる多賀譲治研究員は、「小原先生は国内外に非常に多くの友人がいて、膨大な量の手紙のやりとりをしています。その中で比較的重要であると思われるものに関してはすべて読み、記録に取っています。今と違って手書きで、中にはくずし字のものまであるので解読は大変な作業ですが、玉川学園の歴史を鮮明にする意味で欠くべからざる仕事だと考えています」と話します。

多賀研究員が長年ライフワークのように手がけてきた仕事に、「鎌倉時代の勉強をしよう」「お米の学習」「縄文人のくらし」といった学習サイトの開設・運営があります。メールで寄せられる質問に、多賀研究員が応える人気のコンテンツです。「『鎌倉時代の勉強をしよう』は特に質問が多く、本を出版する際に確認したところ、3,000件ほどの質問がありました。同じ内容の質問も送られてきますので、総数としては5,000〜6,000件はあると思います。韓国やシンガポールなど海外から寄せられた質問もあります」。


鎌倉時代の勉強をしよう

武士のことから庶民の生活にいたるまで、よせられた質問を項目に分け、小学生の広場、中学生の広場、高校生以上の広場で紹介。日本の法律の原点「御成敗式目」の現代語訳ページもあり。

お米の学習

お米の食べ方や法律、バケツ栽培法までよせられた質問を項目ごとに紹介。地域による米作りの歴史や学習に役立つリンク集もある。

縄文人のくらし

縄文時代の住居や衣服などくらしにまつわる情報を写真や情報画を使い紹介。

インターネット教材の先駆け

多賀研究員はもともと中学部の社会科教員。約20年前、玉川学園教育研究所に移ってきた際に、このウェブサイトを開設したそうです。「当時はインターネットがやっと世に出てきた頃です。インターネットを教材として使っているところはどこにもありませんでしたが、これを使えば教室や学年の垣根を越えた学習ができると思い、始めに『鎌倉時代の勉強をしよう』というサイトをつくりました。当初ドリルのようなものも考えたのですが、それではおもしろくない。そこで、鎌倉時代に関連することなら何でもいいのでメールで質問を受けつけ、それに答えるという方法を採ることにしました」。

もともとのターゲットは中学生だったそうですが、あっという間に小学生、高校生、果ては大人までたくさんの質問が寄せられるようになったといいます。「たとえば『鎌倉で辻説法をしていた日蓮聖人が、信者から十字(むしもち=蒸餅)を献上された』という記録が残っているのですが、ご年配の女性から『蒸餅をなぜ十字と書くのですか』という質問がありました。十字(むしもち)は丸い餅状の菓子で赤色の十字が書かれているのですが、なぜ書かれているのかまでは私も知りませんでした。
そんな折、遺跡調査で萩に行った際に偶然知り合った旅館の料理長にその話をしたところ、蒸す前に十字の切れ目を入れて発酵を促進させるやり方があるというのです。十字は餅というより饅頭の一種で、酒酵母で発酵させていました。酒酵母はイースト菌のような強い発酵力がないので、十字の切れ目を入れて発酵を促進させていたのでしょう。それを当の女性に伝えたところとても喜んでくれましたし、私にとっても勉強になりました」と多賀研究員。

子供から寄せられる質問の中にも、思わぬものがあるといいます。「鎌倉時代というと教科書で必ず守護・地頭について習いますが、ある子供から『地頭は何を履いていたのですか』という質問がありました。そのようなことを、私だって知っているわけがありません(笑)。そこでいろいろ調べてみると『一遍聖絵』の中におもしろいことを発見したのです。鎌倉時代の絵は非常に写実的なのですが、『一遍聖絵』でも、草履や下駄が非常に細かく描かれています。その草履をよく見ると、縦に線が入っているものといないものがある。よくよく調べてみると、これは板金剛といって、2枚の板を藁で編み込んだ草履だったのです。可動式の板が入っているので、石がある凸凹の道でも痛くないわけです。このことから、私たちが長靴やサンダルを履き分けるように、鎌倉時代の人たちも状況によって履物を替えていたということがわかります。
こうやって、子供たちが興味を持ったことに対して、こちらも勉強しながら答えていったことが、サイトの人気につながったのではないでしょうか。歴史の勉強というと暗記ばかりでつまらないといわれがちですが、こうした素直な好奇心に応えることができれば、歴史が立体的に見えてきて、途端におもしろくなるものなのです」。

インタラクティブな遠隔授業も展開

「お米の学習」も「縄文人のくらし」も、同様のスタンスで取り組んでいると多賀研究員は話します。「特にお米は日本人にとって大切な主食であり、かつてはお金の役割も果たしていて、お米をめぐって戦いが起き、法律ができ、農業政策・経済政策も決められていました。したがって、総合学習のテーマとして最適だと考えたのです。今でこそお米の学習を行う学校は多いですが、当時は玉川学園がその草分け的な存在でした。その後お米の学習が広まり、たとえばバケツで稲を育てるようなことがあちこちで行われるようになりますが、当然、初めはうまくいきません。ですから当時は子供たちだけでなく、全国の教員や保護者の方からもたくさん質問をいただきました」。

ある質問から発展して、インターネットを使った遠隔授業を行ったこともあるそうです。「大阪の学校の先生から『お米を収穫した後の藁をどうしたらいいか』という質問があったんです。どうせなら子供の質問にリアルタイムに答えようということで、パソコンをプロジェクターにつないでもらい、寄せられた質問に対してサイトを更新していくという授業を行いました。今ならテレビ電話(スカイプなど)を使って簡単にできるでしょうが、当時はそんなものはありませんでしたからね」。

同様の取り組みを、「鎌倉時代の勉強をしよう」で行ったこともあると多賀研究員。「質問をくれたのは、鹿児島県の中学2年生でした。この生徒とやりとりをする中で、私は『興味があるなら鹿児島の鎌倉時代を調べてみては』と提案しました。後で知ったのですが、この生徒は難病を患う養護学校の生徒だったのです。その養護学校の先生の献身的なサポートもあり、この生徒は図書館や博物館などを調べて回り、それを発表することになりました。そこで、千葉県と島根県の学校にも参加してもらい、インターネット授業を行ったのです。障害児と健常児が一緒に授業を受けることは難しいですが、こうした手法を使えば同じ土俵で学ぶことができる。インターネット教材は、養護学校をはじめ、あらゆる環境で勉強したいと思う人に活きるツールだと思います」。

本当の教育を提供するために

多賀研究員は、今年の4月から教育新聞に「子供の多様な見方を生かす社会科授業」という連載を執筆中。ここでくり返し言及していることのひとつは、既成概念に囚われないことの大切さだといいます。「たとえば教科書には『江戸時代に貨幣経済が入ってきて、それまで主流だった米本位の経済が崩れてきた』と必ず書かれています。そう聞くと、『その前はもっと貨幣が使われていなかったんだろう』と誰もが考えるでしょう。
ところが大間違い。今から三十年ほど前に新安沖で鎌倉時代の沈没船が発見されました。この船からは、なんと800万枚もの貨幣が見つかったのです。これは、日本で流通させるために輸入していたものでした。また、鎌倉の大仏は庶民から集めた浄財、つまり貨幣を鋳溶かして材料の一部に使ったとされていますし、中国地方の新見では手形が流通していたという史料も残っています。つまり、今から700年以上も前に、庶民の間でそれほど貨幣が流通していたということです。教師自身がこうした既成概念に囚われず、疑問があれば徹底的に調べることが大切なのです」。

富山県にある杵名蛭荘(きなびるのしょう)の庄所「高瀬遺跡」 手前は水路、奥に見える柱跡が庄所

もうひとつ重要なのは、現場を見ることだと多賀研究員。「私は考古学を学んでいたので、史料だけでなく、発掘現場などに出向くことも多くあります。たとえば荘園には、収穫された農産物を管理する庄所(しょうじょう)というところがあるのですが、あるとき私が荘園の遺跡が多く残る北陸に調査にいったところ、庄所が必ず水路の西側にあることに気づいたのです。なぜか。よく考えるとわかりました。東側は夕方になると日がかげりますが、西側なら長く太陽の明かりが差し込みます。収穫の時期は日が短くなる秋。西側にある方が、その中で作業するのに適しているのです。これは現場に行かなければわからない発見でした。

常に現場に行くのは難しいと思いますが、最低でも1、2回は現場に行き、自分の足で調べるという経験をするべきです。現場を経験すると、それまで見えなかったものが見えるようになり、考え方の幅が広がります。たとえそこで見たものは忘れてしまっても、その経験はずっと残る。そして身体で覚えた経験は、ほかのさまざまなことに活かすことができるはずです。単に知っていることを教えるだけではなく、そういう経験から得たものを伝えることこそが、本当の教育なのではないでしょうか」。