科学するTAMAGAWA 全人教育と根底で通じる世界的な「新教育」

2015.06.25

19世紀後半から20世紀前半にかけて興った
世界的な教育運動である「新教育」。
玉川学園が掲げる全人教育ともつながるその思想は、
今日の教育の課題解決にも、多くの示唆を与えてくれます。

新教育とはホントの教育である

2015年6月4日・5日・7日に、小原國芳教育学術奨励基金「ラルフ・ケレンツ講演会」が開催されました。イエナ大学に所属するラルフ・ケレンツ教授は、現代ドイツを代表する新教育の研究者であり、今回の講演会では「新教育の歴史と現在」をテーマに3つの講演を行いました。 一方、全人教育を提唱した玉川学園の創立者・小原國芳は、新教育を「ホントの教育」と捉え、「真なるものは、永遠に新しい」と述べています。では、新教育 と全人教育はどのような関係にあるのでしょうか。今回の講演会のコーディネータを務めた玉川大学 教育学部の佐久間裕之教授に話を聞きました。

新教育と全人教育〜その概要と成り立ち〜

――そもそも新教育とはどのようなものなのですか?

新教育とは、19世紀後半から20世紀前半にかけて興ってきた教育刷新の試みです。当時、工場での大量生産と同様に、効率的に知識・技術を伝える教育が多くの学校で行われていました。それが世の中の近代化に一定の役割を果たしたことは確かですが、それでは、子供たち一人ひとりの興味や関心、課題に合わせて成長を促すことは難しい。それに対し、子供の個性や自発性を尊重すべきという新しい教育観が高まってきたのです。

日本で行われたWEF会議録と
小原國芳が講演した「師道」

その動きがピークを迎えるのが1920年代。1921年には世界的な教育者のネットワークであるThe New Education Fellowship(現:The World Education Fellowship=世界新教育学会、略称WEF)が組織されることになります。奇しくも同じ1921年、日本では八大教育主張講演会が行われ、小原國芳が初めて全人教育に関する講演を行っています。偶然にも同じ年に、新しい教育の大きな流れが、ヨーロッパと日本の両方で動き出していたのです。

後にWEFの日本支部が組織されると、小原はその会長を務め、組織の発展にも尽力しました。小原は「そもそも、新教育運動とは、ホントの教育を求むる仕事であります。真なるものは、永遠に新しい」と書き記しています。つまり新教育とは、単に新しい教育ということではなく、教育の本質を絶えず追求するということ。目の前の子供の興味・関心・課題に即していく教育は、古びることはないと考えていたわけです。そしてそれは、「人らしい人を育てる」という全人教育の考え方とも一致していたのです。

新教育の歴史と現在〜ケレンツ教授の講演より〜

――それでは、ケレンツ教授の講演内容についてお聞きしたいと思います。

1日目のテーマは「田園教育塾——伝統と革新」。田園教育塾とは、新教育のコンセプトを実現するために生まれた寄宿制の学校です。新教育では、決められた授業時間の中で知識・技術を伝えるのではなく、生活そのものが人間形成の場となるべきだと考えました。そこで、寄宿制の学校がイギリス、ドイツなどでつくられていったのです。日本では、全人教育を実現する場として、1929年に玉川学園が誕生しています。玉川学園では、子供たちと教師がともに生活する場として「塾」がありました。学校は単なる授業施設ではなく、生活をともにする場であるというこの新教育の精神を、現在の教育現場にも活かしていくべきではないかとの意見が示されました。

2日目のテーマは「社会的学習の場としての学校」。学校とは単に知識・技術の伝達の場ではなく、将来に向けた人間形成の場であることが示されました。では、それを実現するために新教育の推進者たちはどうしたかというと、前述の通り、自らの考え方に沿って学校のあり方を変えていったわけです。つまり学校とは、固定された不変のシステムではないということ。今日の学校教育の課題に際しても、それまでのあり方を踏襲するのではなく、課題に合わせて学校のあり方を変えていくという先人たちが示した姿勢を、参照すべきだとケレンツ教授は示唆しました。

3日目のテーマは「新教育——歴史的観点と現代的意義」。ケレンツ教授は、「新教育とは全人教育である」と言っており、さらに新教育は文化批判でもあると話しました。文化の動きというものは、必ずしも教育のあるべき姿に合致しません。例えば現代は、経済至上の考え方が大勢を占めていますが、それが必ずしも人間形成を叶えるものになるとは限りません。しかし私たちは、そうした考え方を全否定することも、無視することもできません。教育のあるべき姿という理想と、経済活動における有用性をどのようにつなげていくのか。それが、新教育が担うべき今日的な課題のひとつだと、ケレンツ教授は考えているのです。

玉川学園における教育の特徴〜新教育との関連で〜

――玉川学園で行われている教育の特徴について、新教育との関連が深いものについて教えてください。

玉川学園では12の教育信条を掲げ、それを根本に置いた教育を実践しています。これらの信条はどれも新教育と密接な関連を持っていると言えます。その中からひとつ「24時間の教育」を取り上げてみましょう。これは、生活そのものが人間形成の場であると考え、寄宿制学校を導入した新教育のあり方と重なります。現在、玉川学園では子供(Children)と家庭(Homes)、教師(Teachers)の三者を結ぶネットワーク「CHaT Net」を構築し、この三者のコミュニケーションの場として活用しています。児童・生徒がいつでも教員への質問や相談、課題の提出を行うことが可能になっています。また大学では、ネットワークを通じて配信される電子教材を、24時間いつでも学ぶことができる「Blackboard@Tamagawa」を用意しています。

もうひとつ例を挙げると、12の教育信条には「労作教育」というものがあります。これは自ら課題を解決したり、調べたり、つくったりする教育のあり方を示します。玉川学園では、幼稚園から大学までの各年代に合わせて、この労作教育が生活の中、カリキュラムの中に組み込まれています。小原國芳は労作の「労」を苦労の労、「作」を創作の作と見なし、「苦労してでも何かを創りあげたいという主体的な取り組み」であると考えました。それは、学校は単なる知識・技術の伝達の場ではないとする新教育の考え方と響き合うものです。こうした主体的な取り組みを子供たちに促すためには、教師の役割が非常に重要になります。子供たちのモチベーションを高め、「知りたい」「つくりたい」「やってみたい」と思えるよう誘っていくことが大切になります。

――玉川学園には、国際的に通用する大学入学資格(国際バカロレア資格)が得られるIBクラスが設置されています。また、国内では玉川学園が唯一のメンバー校である国際規模の私立学校連盟ラウンドスクエアにも加盟しています。これらも新教育に関係が深いとお聞きしました。

国際バカロレアやラウンドスクエアに深く影響を与えた人物に、クルト・ハーンというドイツ人教育者がいます。ケレンツ教授は今回の講演会の中で、クルト・ハーンこそ、新教育の真の担い手であると話していました。クルト・ハーンの思想や理念の根底にあるのは全人教育であり、その今日的な成果である国際バカロレアやラウンドスクエアが玉川学園とつながるのは、自然な流れと言えるでしょう。

理想と現実の「二つを一つに」〜今後の教育のあり方〜

――最後に、今後の教育はどうあるべきか。先生のご意見を聞かせてください。

「人らしい人を育てる」という全人教育の理想を持ちながら、現実の子供たちに即した、リアルな問題にも目を向けていかなければならないと思います。理想を失ってしまっては何のための教育かわかりませんが、一方で、子供たちが学校を卒業したあと路頭に迷ってしまうようでは問題です。理想と現実の「二つを一つに」していくことが、今後の教育には求められるのではないでしょうか。

誤解のないように言うと、全人教育では社会的に有用でない人を育てているということではありません。むしろ、学問も、芸術も、スポーツも、社会奉仕も、すべてにおいて優れた人材を育てる「世界に通じる真のエリート教育」と重なる部分を持っているのです。かといって、全人というのは、すべてにおいて完璧なスーパーマンのようなものではありません。小原國芳は絶えず自分の足らぬを知って修練していく人には独特の気品のようなものが漂う。それが人を感化していくと考えていました。そのような人を育てていくことが、今後の教育の務めではないでしょうか。

おやじさんの書斎

玉川では、小原國芳のことを皆が「おやじさん」と呼んでいました。それは國芳自らが望む師弟の信頼からでした。
聖山の一角にある創立者小原國芳の住まいは、現在でも小原記念館として利用され、書斎は館内にそのまま保存されています。

この「おやじさんの書斎」は創立者の当時の想いを継承するために大学教育棟 2014内に模築されました。室内には、國芳が研究に使用していた本が置かれています。