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表現の中から考える力を育んでいく玉川学園の美術教育

2017.02.06

昨年12月7日~16日に、「9-12年生美術作品展」が開催されました。生徒たちの作品はメイン会場の高学年校舎アトリウムだけでなく、玉川学園の景観を生かしたキャンパスのさまざまな場所に展示されました。アースワークや社会をテーマに表現するソーシャルアートなどの現代アートの取り組みや、本物と同じように土から絵の具を作るイコンの制作など、玉川学園ならではの美術教育が展開されています。

現代アートの制作過程の中で言語表現能力を高める生徒たち

会場全景。多彩なテーマ、技法の作品が並ぶ
会場に展示された幼稚部年長組の作品
「葉っぱのアニメーション」

この美術作品展では幼稚部から12年生までが、授業で制作したものから、自由研究、美術部の作品まで、多くの作品が展示されています。中でも訪れる人の関心を集めるのが12年生の選択科目「美術表現」の作品です。「美術表現」はソーシャルアートとアースワークを2つの柱としています。ソーシャルアートは、貧富の差、戦争、自然破壊、いじめなど、社会的なテーマを作品に転化し、社会に働きかける作品で、一方、アースワークでは「目に見えない風をどうやって目に見えるものにするか」など、自然の中にある動きや目に見えない存在をいかに表現するかがテーマです。玉川学園の自然を生かして、キャンパス内のさまざまな場所に展示されます。
どの作品も造形だけではなく、その中の深い意味が表現されています。特にソーシャルアートでは、テーマやそれを選んだ理由、さらに制作過程までを、写真や図解入りで細かくまとめられたファイルが作品と一緒に展示されます。高等学校の美術科としては奥の深い取り組みが行われている理由を9-12年の美術科を担当する梶原拓生教諭に聞きました。
「玉川学園の美術科はもともと言葉を大切にしてきましたが、平成20年頃から、文部科学省も美術教育への言語活用に力を入れ始めました。その頃、玉川では国際バカロレア(IB)コースで、制作と同じくらいの時間を使って、その作品の意味や背景などを問い、文章としてまとめる美術の授業を行なっていて、思考力の向上に効果を表していました。そこで、国際バカロレア(IB)コース以外の生徒も取り組むことにしたのです」
現代アートの中にある思考を問う部分、言葉で考える部分。作ることと同じように、考えることはとても大切です。現代アートの制作方法は、生徒の言語活用能力の向上に格好の材料でした。
「この授業は5年前に立ち上げましたが、大学準備教育を意識した授業としての意義もあります。大学での学びには自主性が求められますが、その前段階として、自分で考えたことを表現する手法、手段を身につけ、大学教育の下地づくりをしたいと考えました」
実際にこういう取り組みを行ってきた国際バカロレア(IB)コースの生徒は上位の大学に進学しても、講義にスムーズに対応することができ、1年次、2年次の講義は易しいとさえ感じているそうです。十分な思考訓練をしていれば、美大に限らず、どんな進路に進んでもスムーズに対応できるようになります。

自由研究の作品「お菓子の家」
建築材料にはなり得ないお菓子で作った家の制作から、不可能建築の意味について考察。
左に見えるのは、高さ48メートルあったと社伝に伝わる中古時代の出雲大社の本殿の模型。

テーマを絞ることから思考を重ね、それを表現するソーシャルアート

ソーシャルアートの作品群
「戦争」と題された作品は、割ったガラスとタイルで世界地図を作り、戦地を銃の薬莢で表現

「美術表現」の授業は現在、約40人が選択。2つのグループに分け3か月ごとの1クールずつ交替で、ソーシャルアートとアースワークの現代アートの2つの分野を学びます。
ソーシャルアートでは、制作に入る前に、まず十分な思考訓練を行います。社会的な問題を表すいじめ、環境問題、モラルハラスメントなど100以上のキーワードを集めたプリントを生徒に配り、関心があるテーマをその中から選びます。「生徒たちには、テーマを設定して考えていく上で新聞を読むこと、本を最低1、2冊は読むことを課しています。研究者のような深い考察は求めませんが、例えば貧富の差にしても『富の方が悪い』などという一面的なとらえ方ではなく、そこにはどういう問題があるのか、全体像をきちんと把握してほしいのです」。
授業は思考と感覚を両方織り交ぜたような課題を繰り返し、最終的に作品展で展示する作品づくりに臨みます。時には、生徒同士のディスカッションも行われ、制作者がプレゼンテーションをして、みんなで感想を言い合い、作品に反映していきます。

そして作品の完成とともに、振り返って「そこで何を得たか」「何を感じたか」「参考にした資料や文献」などを、制作の記録としてファイルにまとめます。「生徒は9年生の時に、学びの技の授業で論文指導を受けていて、そこに自由研究のフォーマットがあり、参考にしながら書いています。もちろん調べ学習は、ある意味コピーペーストでもできてしまうので、自分がどう考えたか、最後まできちんと書くように会話しながら、2回くらいダメ出しをしています。作品とこういう関わり方ができるのも、学びの技の指導効果が大きいです。ここで学んだことは、これからどんな分野に進んでも生かせるはずです」。

ソーシャルアートの作品群と制作記録
テーマ選びから、制作の苦労、感じとったことなどが、論理的にまとめられています

玉川学園の恵まれた環境の中に感性が広がるアースワーク

アースワークの作品群。野外展示作品の紹介も
「小さな智覚」は石にアクリル絵の具でジャガイモやトカゲなどを描いたもの。触れてはいけない絵という既成概念をぬぐい去って、子供たちに触ってほしいという思いを描いた作品

「美術表現」のもう一つの柱はアースワークです。茶室の周辺、高学年校舎に向かう道沿いや校舎前の丘…。キャンパスのさまざまな場所に、その風景を生かした作品が展示されていました。「学内にいろいろな景色があるので、生徒の発想力も広がっていきます」。アースワークは玉川学園のよさに気づく授業でもあります。
ある日、同じく美術を担当する青木孝子教諭と生徒が学内の森の中を歩きます。「静かにしてごらん」。ポトンポトンという音がします。ドングリが落ちる音でした。そんな体験をしながら、作品づくりに入ります。作品はこうして、風景から生まれるものもあれば、作品に合せた場所に設置されるものもあります。「実際に自然を感じて作品につなげていくのは、贅沢なことだと思います。玉川学園の環境があるからできる授業です」。

左から、礼拝堂に至る独特の空間に存在感を示す「再生」、砂時計とシーソーの原理から時が常に動いていることを表す「passage of time」、木の幹に巻いた鏡が周囲の風景を映し出すことによる風景の同化を表現した「抜け落ちている異空間」

●アースワークの作品はfacebook「玉川アートセンター」でも見ることができます。

本物に触れて学ぶことができる整備された学習環境

最優秀賞に輝いた「着物」。
展示後は実際に着物に仕立てられる予定

2016年度の作品展で「最優秀賞」に輝いたのは、「着物」と題した織りの作品でした。グラデーションになるように色付けを生糸から行っています。10年生の冬から2年間にわたって、週1回の自由研究という限られた時間に地道な作業を続け、作品を仕上げました。「高校でここまで行う例は少ないでしょう」と指導した専門家も驚いています。
選択科目「美術技法」の作品の中には、大きな油彩画などに交じって、生徒が作ったイコンがあります。「毎年作っていますが、学内の奈良池から土を持ってきて、その土を卵の黄身で溶き茶色を作るという、中世と同じ作り方で色をつけています。教育博物館には本物のイコンがありますから、学芸員の方に解説していただいた上で、作品づくりに入ります」。玉川学園の本物に触れる教育が生きています。

生徒が制作したイコンと
イコンの材料になった学内の奈良池の土
「美術技法」染織の作品
「美術技法」で制作した絵画
「立体造形」では陶芸やレリーフを展示

情報過多の時代に必要な倫理観と美意識を身につけてほしい

9年生の「デザイン文字」。
自分の名前を自分を象徴するものを使って表現

「美術表現の授業の目標は、表現する側と、表現を見る側つまり鑑賞者としての両方の力をつけることです。生徒は今、ソーシャルメディア(SNS)で気軽に自分の写真などを掲載します。表現のスキルはどんどん上がりますが、その根本にある表現に対する倫理観とそれを含む美意識をきちんと教えないと、大人になってから大きな間違いを犯してしまいます。生徒には授業で、表現の作法、リテラシーを身につけてほしいと願っています」。
問いを自分で見つける練習として街中で面白いものを見つけて、写真に撮り「なぜ面白いと思ったのか」を分析したテキストと一緒に提出する宿題に取り組んでいるそうです。
「生徒たちは、考えることはとても難しいけれど『大学に行ってからも生かせる授業』と感じてくれているようです。そういう意味でもやりがいがある授業になっていくように、これからも頑張っていきたいと思います」と梶原先生。
今後、生徒たちの作品がどのように進化していくか、どのように時代をとらえていくか。玉川学園の美術教育の今がわかる「9-12年生美術作品展」、今後がますます楽しみです。

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