35年にも及ぶ児童支援現場での経験を次世代の教育者育成に注ぐ乳幼児発達学科 渋谷行成教授こと「しぶちゃん先生」

2017.06.29

玉川大学では、社会での実務に長く携わり、その分野の経験を活かし、教育現場を大学に移して学生の教育や研究につなげている教員も多くいます。
その中の一人でもある教育学部乳幼児発達学科の渋谷行成教授は、児童福祉の現場で、親からの暴力・虐待や貧困などで心身に深い傷を負った子供たちと35年間向き合ってきました。そして昨年より児童福祉の後進を育成するために、本学の教壇に立っています。

「私がいたのは母子生活支援施設で、何らかの事情で生活が立ちゆかなくなった母子10世帯ほどが就労支援や子育てのサポートを受けながら自立をめざして暮らしているところです。虐待などで親からの愛情を十分に注がれずにいる子供や自分も虐待を受けてきた母親も多く、母子ともに基本的な生活習慣ができていないケースも見られました。とくに大人に対して不信感を抱いている子供が多く、だからこそ、『この施設でこの人とつながりを持っていたい』と思われる存在になることを心がけましたし、子供の気持ちを受け止めることを優先しました」

乳幼児発達学科の学びの対象である乳幼児期は、人の成長・発達において大切な時期と言われています。この時期の子供は、言葉を獲得し、興味や知的好奇心を大きく膨らませるとともに、自我の芽生えをはじめとする心の成長や体を動かすための身体的な成長の基盤を形成していきます。同時に、他者との関わり、コミュニケーションの中で社会性の素養を身につける時期でもあります。
渋谷教授はその段階の子供にとって大きな存在となるのが「重要な他者」であるといいます。
「赤ちゃんは、泣くと母親がそれに応えるという、助けてもらう経験を重ねていきます。それは大切にされる経験ともいえ、それが重要な他者となり、母親が悲しむ=してはいけないこと、出来事を話して褒められる=していいことというような善悪の判断、ひいては人格の形成を図っていきます。しかし、虐待などにより重要な他者がいない状況においては、施設の職員が重要な他者になる必要があります」

子供たちが小学校高学年や中学生になると、あきらめの態度や攻撃的な行動、「ウザい」という拒絶反応などが見られるようになります。しかし、そうした一連の行動の裏には言動とは異なる子供たちの気持ちがあるといいます。
「ある子供が『中学を卒業したら進学せずに働きたい』と言ってきたんです。でもそれは、自らが置かれている経済状況を知っていて、精一杯の強がりなのです。だから、私たちがするべきことは、そうなのという反応ではなく、どうして?という視点をもつことであり、レッテルを貼らずに一人ひとりを見て、一緒に問題に取り組んで必要な支援策を提示してあげることなんです。子供たちは大人に対して不信感をもっています。その解決は大人にしかできないんです。そのためには、「ここまでしてくれるんだ」という経験を積み重ねるより手段はありません。他人との関係に嫌なイメージを持っている子供たちに、『人間関係って捨てたもんじゃないんだ』と思ってもらうことが大切なのではないでしょうか」

渋谷教授は、在職時、新宿区立かしわビレッジに無料の学習塾『かしわ塾』を開設し、日々の学習支援だけでなく大学進学のサポートも行っていました。
「中卒での就職はかなり厳しいという現実があります。そしてせっかく高校に進学しても中退してしまうケースがあり、それを放っておくわけにはいきません。大学進学をも目標に高校中退を思いとどまらせるということも考えにありました。それらは、すべて子供たちの将来を考えてのことでした。実際こうした支援をしているケースはほとんどないと思います」

また、渋谷教授はかしわビレッジで、子供たちが同じ時間に同じ場所に集まり一緒に食事をする『チャーハンの会』を実施していました。
「公園に寝泊まりして満足に食事をとれなかった子や、親から虐待を受け、その親と顔を合わせる食事の時間が最も怖かったというような子に、食事の時間は楽しいものという経験をしてもらいたい、というのがそもそもの始まりでした。団らんは、いくら言葉で説明しても伝わるものではありません。自らが料理をしている姿を見せ、学校であったことを話す時間を持つのが目的でした。ひきこもりになってしまった子もいたのですが、この会にだけは参加したいと同席する子もいました。また、退所者の送別会では、長く住んでいる子が、入所して日が浅く送別会に出席するか迷っている子に『ここは信頼できる場所だよ』と言っているのを聞いて、同じ場所で同じ時間を過ごすことでできる関係があるんだなと感じました」

今、子供たちを取り巻く環境は、決して良好というわけではありません。「2012年の国民生活基礎調査で子供がいる現役世帯の相対的貧困率16.1%」とニュースなどでも報じられていますし、経済格差が教育の差となって現れるとも言われています。また、何らかの発達障害をもつ子供の割合も6.5%との調査結果が出ています。これからの保育者・教育者を育てるうえで、渋谷教授の経験とそこから得たものはどのように生かされるのでしょうか。
「現場や子供たちを知ることはもちろんですが、知る方法も併せて伝えていきたいです。また、私が目の当たりにしてきた事例を具体的なケーススタディとして学ぶ機会を提供したいですね。教える側、見守る側が多くの知識・知見をもつことは自分だけでなく、子供たちにとっても大切なことですし、幅広い視野とそれによって見える事柄に気づく力を備えていれば、子供たち一人ひとりの内面にまで目が届くと思います」

3年生ゼミの様子
子供の養護について考える

保育・幼児教育分野は、保育士や幼稚園教諭という専門職だけをイメージしがちですが、福祉施設にもそのニーズがありそれぞれの職域も幅が広いといいます。しっかりと渋谷イズムを取り込んだ、「この人、この先生と出会えて良かった」と思ってもらえる人材が社会に出ていくことで、教育に新たな流れができる日も、そう遠いことではなさそうです。