玉川大学大学院教育学研究科IB研究コース・星野あゆみ教授――国際バカロレア教育の普及に教員人生をかけてvol.1――

2017.09.19

今年4月より、玉川大学大学院教育学研究科IB(国際バカロレア)研究コースで教員養成の指導にあたっている星野あゆみ教授は、非常勤で国際バカロレア機構のアジア太平洋地域日本担当地域開発マネジャーを務めるなど、日本のIB教育の普及に尽力しています。
星野教授とIBとの出会い、普及への取り組み、乗り越えるべき課題などを、2回に分けてご紹介します。

日本語と英語、バランスの取れたバイリンガルを育成

社会、経済、文化などさまざまな分野で変動著しい現代。日本の教育界は、激動の社会を生き抜く広く豊かな視野を持つ人材育成を進めています。その目標に近づくための一つのシステムとして国を挙げて取り組んでいるIB(国際バカロレア)の普及・拡大は、国内のさまざまな教育者の尽力により広がりつつあります。その1人である星野あゆみ教授の本学着任までの経歴を振り返り、IBとの出会いについて迫りました。

星野教授は、父親の仕事の関係でアメリカ・ワシントンに小学3年から4年間過ごした帰国生でした。渡米当初は英語に苦労するも、日本語がある程度定着してからの海外生活だったので、比較的スムーズにバイリンガルになれたそうです。中学で帰国した時は日本語の方が不得手だったとか。高校卒業までは日本で過ごし、大学受験。第1志望校は不合格で、第2志望校進学か浪人するかで悩んでいた時に、父親の海外勤務が決まり、再び渡米。大学の2年間をアメリカで過ごしました。
「英語ができるからアメリカの大学の授業についていけると思っていたのですが、実際は何を言っているかまったく分からない。子供のボキャブラリーしか身についていない英語では、大学教育のアカデミックな言葉がまったく理解できなかったのです。それからは猛勉強。大学の2年間は人生で一番勉強したと思っています」

帰国後は大学へ編入し、大学院の修士課程を修了後、帰国生を受け入れていた東京学芸大学附属高等学校大泉校舎に就職。外国語科教諭として、帰国生に英語を教えていました。
「帰国生といっても、日本語がおろそかになっている子、日本語はできるけれど英語がおぼつかない子、長く海外生活をしても英語ができない子など、さまざまです。そんな子供たちを見ていて、日本語も英語もバランスの取れたバイリンガルに育てることはできないだろうかと考えたことが、『バイリンガリズム』や『英語イマージョン教育』に興味を抱くきっかけになりました」

英語教師を務めてちょうど10年目のころ、「教員はアウトプットが多く、身を削っているようで、自分が擦り減っていく気がした」という星野教授。インプットが必要と、在職のまま東京大学大学院総合文化研究科に進学して「バイリンガリズム」を学びました。
「勤務する学校で実践できるとは考えていませんでしたが、バランスの取れたバイリンガルの子供たちをどう育てればよいのか、教室での疑問を解決し、授業改善につながればいいかな、と思っていました。素晴らしい先生方がいらして、非常に学際的で国際性も高く、刺激的でした。なんといっても、座っているだけで貴重な情報を得られることが単純にうれしかったですね。学生の頃は勉強をさせられている、という感覚が強かったのですが、社会人になり改めてなんとありがたい環境なんだろうと。社会人が多く、いろいろな方との出会いも刺激になり、結局8年間も在籍しました(笑)。修士を取り、博士課程は単位取得満期退学をしました。当時知り合った方々とは今でもネットワークでつながり、大切にしている友人です」

シンガポールにてIB教育との運命的な出会い

英語教員歴20年目の節目に、学芸大学附属大泉中学校と同大附属高等学校大泉校舎の統合・再編が決まり、大泉キャンパスでは帰国生を長く受け入れてきた経緯から、「国際」をキーワードに新しい中等教育学校を開校することになりました。星野教授は、「理想の学校をつくれるかもしれないよ」と言われて、東京学芸大学附属国際中等教育学校の2007年開校を目指して、開設準備委員に就任します。
「今まで学んできた『バイリンガリズム』や『英語イマージョン教育』を実践できるのだと目の前が開ける思いでした。私が考える理想の学校は、帰国生と、日本で生まれ育ち中学1年でABCから英語を始めた子供たちがそれぞれの英語力を伸ばし、最終学年が近づくにつれて英語をツールに、一緒にディスカッションできるような学びの場です。しかし、国立の学校では資金が潤沢ではないのでスタッフの増員は望めません。そこで英語イマージョン教育を組み入れて、年間を通していくつかの科目を英語で学ぶか日本語で学ぶかを選べるようなカリキュラムを作るなど、理想の学校づくりに取りかかりました。
私自身は、前身の学校で帰国生に英語を教えてきたので、ABCから教える経験がありません。しかし、中学生に対して『これは黒です』などの稚拙な内容では、子供たちも英語への興味が湧きません。間違っていてもどんどん話したくなるような、ワクワクするような内容が大事なのではと考えて、共に開設を目指した同僚の先生方と授業を組み立て方を議論していました」

一方、「国際的な教育プログラムの実施を考えた時に勉強を始めたのがIB教育だった」という星野教授。
「それまでIB教育のことは全く知らなかったので、教員研修としてコーディネーター用のワークショップ参加のためにシンガポールへ向かい、ここで初めてIB教育に触れて、カルチャーショックを受けました。『これまでやってきたことは間違っていなかった。私はこれをやるんだ!』と決意して帰国しました。このシンガポールでのワークショップが今へと続くIBに出会う、不思議なご縁だと思っています」

一つの道しるべとしてIB教育に注力し、日本の教育システム向上をめざす

新設校で「絶対にIB教育をやるんだ!」と意気込んで帰国した星野教授。開設準備委員会では、「21世紀の国際社会に活躍できる子供たちを育てたい」という基本路線に沿って、IB教育の導入について協議を繰り返しました。まずディプロマプログラム(DP=16~19歳)から検討したかった星野教授は、当時は日本語DPはなく、一旦は断念しますが、DPを勉強する中で出会った中等教育プログラム(MYP)へと照準を変更。情報収集のために、一条校として2009年にMYP校に認定されていた玉川学園中学部・高等部を訪問し、本学園の教員に相談したり、授業も参観しました。
「DPには修了試験がありますがMYPにはありませんでした。指導言語についてはDPは英語、フランス語、スペイン語と規定され、当時日本語DPはなかったのです。MYPは言語規定がないうえ、IB機構からMYPであればナショナルカリキュラムである日本の学習指導要領を使い、日本語の授業を行ってもよいと了解を得ることができました。そして、2010年に一条校としては玉川学園に次いで3校目、国公立としては初のIB認定校(MYP)となったのです」

2015年度「第8回 玉川大学 国際バカロレア教育フォーラム」での講演の様子

その後、2015年には国際バカロレア・デュアルランゲージ・ディプロマプログラム(DLDP)校として認定。その間、星野教授は英語教員として活動しつつ、MYPコーディネーター、DPコーディネーターおよび同校副校長を歴任。また、IBワークショップリーダーとして活動し、2013年5月よりIBアジア太平洋地域日本担当地域開発マネジャーも務め、日本の教育界においてIB教育普及に全力を注いでいます。

「そこまでやる原動力は、IB教育に惚れ込んだからでしょうね(笑)。IB教育が唯一の答えではないけれど、教育分野における一つの道しるべだと考えています。教科を有機的に結びつけて授業を組み立てる必要があり、IB教育に関心があっても、どうすればよいか分からないという学校が多いと思いますが、IB機構には研究部門があり、よりよい教育とは何かを常に研究しています。
IB機構はさまざまな仕掛けを用意しているし、研修を重ねればできるようになります。IB教育とシステマティックに学べる仕組みの日本の学習指導要領や授業研究の文化を組み合わせれば、強力な教育システムになると考えています」と星野教授。

次回は、日本での普及促進に不可欠なIB教員の養成や今後の課題についてお伝えします。

教育学研究科のコラムに星野先生の記事が掲載されています。

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