玉川大学・玉川学園学友会寄附講座[教育学部]――舞台俳優やサッカーキャスターなど幅広く活躍する高等部卒業生、川平慈英さんが恩師とともに「夢を語る」

2018.04.25

玉川大学・玉川学園学友会では卒業生を対象とした行事のほか、現在玉川の丘で学んでいる学生や生徒たちに向けた在学生支援にも力を入れています。そうした支援の一つに寄附講座があり、毎回卒業生を中心にさまざまなゲストをお招きし、講演会などを開催しています。

2018年4月6日(金)、学友会寄附講座として高等部1982年卒業の川平慈英さんを招き、「川平慈英、夢を語る」と題した講演を開催しました。
対象は3日に入学式を終えたばかりの教育学部1年生で、聞き手は川平さんの玉川学園時代の恩師・榑松(くれまつ)史人先生です。

川平さんはご存じのとおり、舞台などの俳優業のほかCMや日本代表戦などのサッカーキャスターとして幅広く活躍され、老若男女から親しまれています。榑松先生は、長年、玉川学園で高等部教員、国際交流センター長を務め、2012年定年退職後は東京・目黒区にある八雲学園中学校・高等学校で英語教育・国際教育アドバイザーを務めています。

まず登壇した榑松先生が「徹子の部屋スタイル」と表現したとおり、ステージ上には、テーブルと2つのイスが並べられ、満場の拍手で川平さんをお迎えしました。川平さんのお話はまずその生い立ちから始まりました。

沖縄生まれの川平さんは首里市(現在は那覇市郊外)でウチナンチュ(沖縄人)の父と米国人の母のもと、3人兄弟の末っ子として育ちました。ベトナム戦争最中の激動の時代、地元では米国人の血が流れる川平さんたちへの反感もあったと言います。
それでも川平兄弟は結束して沖縄の自然を満喫しながらたくましく育ち、9歳でカンザス州にあった母方の伯父の農場で働くなど、現在の都会的なイメージとはやや異なるワイルドな少年時代の思い出が語られました。

1972年の沖縄返還とともに川平一家は東京へ。都内の公立小学校を経て次兄と同じ玉川学園中学部で学ぶようになります。そこで出会ったのが、その後の川平さんのキャリアの出発点となるサッカー、そして英語劇でした。
最初はバスケットボール部員だった川平さんがサッカーに転向したのは、「グラウンドで練習するサッカー部員が女子から『キャーッ』って言われているのが悔しくて、うらやましくて(笑)」。サッカーは長兄の慈温(現・ジョン・カビラ)さんと同じ読売クラブ(現・東京ヴェルディ)のユースチームに所属し、プレイヤーとしてメキメキと頭角を現していきました。

「玉川学園で僕の人生に多大な影響を及ぼしたサッカーに巡りあえて心から感謝しています。そして榑松先生との出会いも……玉川に入学して兄を知っていた榑松先生からすぐに『きみはケンジ(次兄の謙慈)の弟だろ?英語劇部に入りなさい』と言われて(笑)。当時の玉川の生徒は運動部と文化部の両方の活動に所属することになっていたのです」。舞台俳優として川平さんのはじめての役は、英語劇部で演じた「ウエストサイド物語」のベイビー・ジョンだったそうです。
高等部時代に演じることの楽しさに目覚めた川平さんは、卒業時に榑松先生へ「Please come and see me at BROADWAY(ブロードウェイまで僕を見に来てください)」というメッセージを残していたことがスライドで紹介されました。このブロードウェイ出演という夢は、2009年「TALK LIKE SINGING」(三谷幸喜作・演出)で実現させています。


母親が川平さんに教員の道に進んでほしいと考えていたこともあり、高等部卒業後は玉川大学教育学部へ進学しましたが、サッカーへの夢は断ちがたく奨学金を得てテキサス州立大学にサッカー留学。そこで挫折が待ち受けていました。渡米当初はレギュラーとして活躍し、全米ベストイレブンに選ばれるなど選手として順風満帆にみえた川平さん。ところが監督交代による戦術の変更でいきなり“戦力外”となってしまったのです。失意のうちに帰国した川平さんを救ったのは演劇でした。編入した上智大学で学びながら、榑松先生と取り組んだ英語劇の楽しさを思い出し、役者への道を一歩ずつ歩み始めました。
「ところが僕に自分と同じ教育者になってほしかった母は『役者になる』と言ったら『What!?』と叫んで大反対。『そんな子じゃなかったのに』と号泣されてしまって……。でも理解してくれました」

川平さん自身はこれまでことさら「夢」を意識したことはなかったと言います。
「今日は『夢を語る』という講演タイトルでしたが、僕自身は大きな夢に向かって進んできたという実感はありません。その時々に目の前にある楽しいことに取り組んできただけ。もちろんサッカーでも、舞台でも、うまくできるかどうか常に不安はありました。だからこそ練習を積み重ねていく、その努力は決してウソをつきません。そして自分が楽しいことをやっているから、努力することも楽しいんです!」

終盤では沖縄民謡を披露

講演の途中で、教育学部1年生たちの質問に一つひとつ丁寧に答える川平さんは、「ムムッ!」「ク〜〜ッ!」「いいんです!」などの決め台詞も生で披露。最初はどことなく緊張気味だった会場の新入生たちも、川平さんの人柄もあり会場は次第に和やかなムードに包まれていきました。

最後に会場の学生からこれからの抱負についての質問がありました。
「今年56歳になりますが、やりたいことはいっぱいあります。まだまだ攻めていきたい。現在いちばんやりたいことはプロデュースの仕事。自らの生い立ちをベースにした、沖縄の少年を描いたミュージカル劇を実現させ、ロンドン公演もやりたい。その際は、ぜひ榑松先生にもコーディネーターとしてご協力いただきたいと思っています」

川平さんの何事にも楽しみながら全力で取り組む生き方とポジティブなメッセージは、学生たちの心にしっかり届いたようです。講演後、ある女子学生は「目の前の楽しいことに貪欲に、真摯に取り組み、自分の世界を広げていく川平さんの生き方に憧れます。私も大学という環境の中でたくさんのことに出会って、吸収していきたい」と話してくれました。

今後ますます広い視野と人間力が求められる教育の世界を目指す学生たちにとって、川平さんのお話を聞く経験は、将来に向けて一人ひとりがどのように生きていくかを考えさせられる、かけがえのない機会となったようです。