大学院生の研究成果 ピックアップ

本研究科(旧 脳情報専攻も含む)の大学院生が公表した学術論文をピックアップして紹介します。

情動が学習を促進する脳メカニズム
渡邊 言也 工学研究科 脳情報専攻 【博士(工学)】2013年3月
Reward prediction error signal enhanced by striatum-amygdala interaction explains the acceleration of probabilistic reward learning by emotion. Watanabe N, Sakagami M, Haruno M. J Neurosci. 2013 Mar 6;33(10):4487-93

私たちが日々生活の中で行っている「学習」の出来不出来は、学習によって得られる報酬量や報酬確率などの客観的情報のみに左右されるだけでない。例えばクラスの雰囲気や、先生が恐いかなど、学習とは直接は関係ないがその場で誘起される情動(感情)や社会的要因が学習のレベルに影響することもあるだろう。しかしながら、どのように情動が学習を変化させているのか、またどのような神経基盤によって学習と情動の相互作用が実現されているかについてはこれまで明らかにされてこなかった。そこで、より現実社会で起こっている学習の脳内メカニズムを理解するために、情動と学習の関係に着目し、その相互作用を解明することを目的として研究を行った。


恐怖表情の例

本研究ではまず行動実験で、確率的連合学習中に報酬とは無関係な情動を喚起する刺激(恐怖表情)を報酬予期刺激(Cue)の直前に提示すると、情動を喚起させない中立表情刺激を提示したときと比較して学習のスピードを加速させられることを明らかにした。そして強化学習モデルを用いた解析により、この現象は報酬予測誤差を調節する「学習率」が増加することで引き起こされていることが判明した。この学習率という要因は、強化学習理論においては報酬予測誤差信号の大きさを変化させる役割がある。そこで行動実験に対応した機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた実験によって、情動を喚起させる恐怖表情刺激が線条体の報酬予測誤差信号に相関するfMRI信号強度を調節し、強めるかを検証した。

fMRIによる検証の結果、我々の仮説と一致して報酬予測誤差(Reward prediction error)に相関する活動は中立表情刺激を提示した時より恐怖表情刺激を提示した際の方が大きくなることが明らかとなった。一方で、予測価値(Expected value)に相関する信号は変化しなかった。また顔が提示されたタイミングの扁桃体の活動は中立表情より恐怖表情刺激で有意に強かった。

情動の中枢である扁桃体は、報酬予測誤差情報を持った線条体と強い神経線維結合もあり、我々の発見した情動による報酬予測誤差の修飾現象も、この扁桃体からの信号によって実現されている可能性がある。そこで、増加した報酬予測誤差信号に一致する線条体の活動と、表情刺激が提示された際の扁桃体の活動との間に相関関係があるかをpsychophysiologic interaction (PPI) analysisを用いて検証した。結果、扁桃体と線条体の間に機能的リンクが見出された。

本研究によって情動が刺激報酬連合学習を促進させることが明らかとなり、また情動による報酬予測誤差信号の増大は扁桃体-線条体の相互作用によって生み出されていることが明らかとなった。