高岸治人 研究室

高岸 治人 脳科学研究所 准教授

社会心理学/発達心理学/社会神経科学  博士(文学)

向社会行動を支える脳と遺伝子の働きを探る

2015.11掲載

研究内容

慈善団体への募金や、震災復興の際のボランティア活動といった、見ず知らずの他者に対する利他性(他者に対する思いやり)は、人間を特徴づける傾向の一つです。何故、人々は見ず知らずの他者に対して利他的に振る舞うのかという問いに対し、進化的な観点からの説明を行おうという試みが人類学者や経済学者などによって2000年代初旬から始まりこれまで多くの研究が行われてきました。またそれと同時に、人々の向社会的行動(利他行動、協力行動、信頼行動、罰行動)を支える脳、ホルモン、遺伝子の役割について検討する研究も数多く行われるようになりました。

玉川大学社会心理学研究室では、町田市周辺に住む20代から50代までの成人、約500名を対象に、人々が示す向社会的行動の生物学的基盤(脳の働きや遺伝子の働き)を明らかにする研究を進めています。実験はこれまで8回行われ、約500名の参加者が繰り返し実験に参加しました。実験では、囚人のジレンマゲーム、独裁者ゲーム、信頼ゲーム、公共財ゲームといった向社会的行動を測定する経済ゲーム(お金のやり取り)を用い、性格特性を測定する心理尺度、脳画像、遺伝子多型との関連を検討しています。

向社会的行動と遺伝子

人々が示す向社会行動と関連する遺伝子として我々はまずオキシトシン受容体遺伝子(OXTR)rs53576に注目しました。OXTR rs53576は、オキシトシンというホルモンの作用に関与する遺伝子の一つであり、オキシトシンと同様に他者への信頼、共感性、養育行動といった人々が示す向社会性との関連が指摘されてきました。OXTR rs53576は第三染色体に位置し、AA、AG、GGという3つの多型があることが明らかになっています。男子大学生を対象にしたこれまでの研究では、AAを持つ人よりもGGを持つ人の方が信頼ゲームで他者を信頼する傾向が高いことが明らかにされてきました。そこで私たちは、20代から50代といった幅広い年齢の男女441名を対象に、先行研究の結果が再現されるのかどうか、そして、OXTR rs53576と信頼の関連がより幅広い年齢の人々でも見られるのかどうかを検討しました。

実験の結果、男性においてはAAを持つ人よりもGGを持つ人の方が信頼ゲームで他者を信頼する傾向が高いという先行研究の結果が再現されましたが、女性においてはOXTR rs53576と信頼行動の間の関連は見られませんでした。遺伝子と行動の関連はメカニズムが不明な点が多いため、今後はMRI装置によって撮像した脳画像を含めた分析を行うことによって、OXTR rs53576がどのようなメカニズムを通じて信頼行動に影響を与えているのかを検討する予定です。また信頼行動以外の向社会的行動(利他行動、協力行動、罰行動)と関連する遺伝子についても明らかにしようと考えています。

向社会的行動の発達的変化

私たちは一般人サンプルを対象とした実験だけではなく、子どもの向社会的行動の発達に関する研究も進めています。人々が示す利他行動に関するこれまでの研究で明らかになった重要な知見として、私たち人間は他者から監視されていると他者に対して利他的になる傾向を持っているという実験結果があります。興味深いことに、実際に他者が監視しているのみならず、人の顔の写真、目の絵といった些細な刺激が提示された場合でも、人々は影響を受け、他者に対して利他的になることがわかっています。これらの結果は、人々は他者からの評価に敏感であり、それが悪くならないように気をつける傾向があることを示しています。

これまでの研究では、主に成人を対象にした研究のみが行われており、利他行動における監視の効果が成人と同様に子どもでも見られるのかどうかは明らかにされてきませんでした。そこで、私は大学院生と一緒に、5歳の子どもを対象に実験を行うことで、5歳児の子どもでは実際に他者が目の前にいて監視している場合においては他者に対する利他性は促進されましたが、目の絵といった刺激では利他性は促進されないことを明らかにしました。今後は、何故、子どもと成人で利他行動を促進する要因が異なるのか?そして、それを支えている脳の働きの差について検討したいと考えています。

研究体制

一般人サンプルを対象にした実験は、山岸俊男教授(一橋大学)と共同で行い、数名のポスドク研究員、大学院生などによって進められています。実験はすべて玉川大学社会心理学研究室(玉川大学脳科学研究所施設)で行っています。参加者数が多いため、様々な研究スタッフが一丸となって一つの実験を数ヶ月かけて行います。子どもを対象にした実験は、岡田浩之教授と共同で進めています。実験は、玉川大学にある赤ちゃんラボで行う場合や玉川大学付近にある幼稚園、保育園で行う場合もあります。

略歴

2010年北海道大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学大学院医学系研究科)を経て、2013年より玉川大学脳科学研究所・助教。専門は社会心理学。所属学会は、日本社会心理学会、Society for Personality and Social Psychologyなど。