論文紹介

脳科学研究科に所属する教員による主な研究成果をプレスリリースした論文を中心に紹介します。

「馬鹿にされるのが我慢できない」人は公正で協力的な人か?
Rejection of unfair offers in the ultimatum game is no evidence of strong reciprocity. Yamagishi T, Horita Y, Mifune N, Hashimoto H, Li Y, Shinada M, Miura A, Inukai K, Takagishi H, Simunovic D. Proc Natl Acad Sci U S A. 2012 Dec 11;109(50):20364-8

人間が自分の利益を犠牲にしてまで他人のために利他的に行動することがあるという事実は、ヒト以外の動物の利他行動を説明するための血縁淘汰や互恵的利他主義のモデルでは説明できないため、これまで長らく進化の謎とされてきました。ヒトの社会行動の特徴に互恵性—他者から親切にされたらお返しをし、他者から意地悪をされたら意地悪を返す傾向—がありますが、これだけでは赤の他人に対する利他行動は説明できません。そこで、ヒトは互恵的に行動する傾向だけでなく、社会的なルールや約束事などを破る「悪い人」を罰する傾向も持つのであれば、直接のお返しが見込めない人に対しても利他的に行動するようになるという「強い互恵性モデル」が登場し、経済学者や人類学者の間で広く受け入れられています。

 このモデルを成立させる実験のひとつに、最後通告ゲーム実験があります。2人の参加者のうち1人(提案者)が、実験者から受け取ったお金(例:2500円)をもう1人(受け手)との間でどのように分けるかを自分1人で自由に決め、受け手に提案します。受け手はその提案を見て、受け入れるか否かを決めます。受け手が、提案を受け入れれば2人とも提案通りの金額を実験参加の報酬として受け取ることができますが、受け手が提案を拒否すると、2人とも一銭も報酬を受け取れません。受け手が少しでも報酬を得るためには、どんな不公平な提案(例えば提案者が2400円、受け手が100円という分け方)でも受け入れた方が得なはずですが、実験を行うと不公平な提案はかなりの頻度で受け手に拒否されます。強い互恵性モデルの推進者たちは、こうした最後通告ゲーム実験で見られる不公平提案に対する拒否行動を、人々が自己利益を犠牲にしても「悪い人間」を罰する傾向をもっている証拠としています。

 本論文は、こうした強い互恵性モデルを指示する研究者たちの主張に対し、最後通告ゲームにおける不公平提案への拒否行動は「悪い人」を罰する傾向の証拠には成り得ないことを明らかにしたものです。実験の結果、最後通告ゲームで不公平提案を拒否する人たちは、公平さを追求するような行動を取らないだけではなく、むしろ自己利益を追求する傾向が強いことが示されています【図:分析結果】。さらにそうした人たちの回答を分析すると、不公平な提案を拒否するのは、不利な提案でも受け入れるような軟弱な人間だと思われるのが嫌だからと思っていたことがわかりました。要するに、自分の報酬がゼロになるにも関わらず不公平提案を拒否するのは「馬鹿にするんじゃないよ!俺を何だと思ってるんだ!」と、自分もご飯を食べられなくなってしまうにも関わらずちゃぶ台をひっくり返すような行動だということです。ちゃぶ台ひっくり返しが公平性を追求する行動だと主張することはできないというのが、本論文の結論です。

 強い互恵性モデルでは、人々は、親切な人には親切にするという正の互恵性と、意地悪な人には意地悪にするという負の互恵性の両方を備えていると想定しています。しかし、この論文が発表された直後に、これら2つの互恵性には関連は認められないという調査結果が同じPNAS誌上に寄せられるなど、人間の社会性に興味を持つ多くの研究者の関心を集めています。

【図:分析結果】 説明: 最後通告ゲームで不公平提案を拒否する人ほど、囚人のジレンマゲームで非協力傾向が高く、自己主張性が高いことが明らかになった。囚人のジレンマゲームは2名で行う経済ゲームであり、相手に対して協力するか否かを決定する。 略語: rUG = 最後通告ゲームでの不公平提案の拒否率。cPDG = 囚人のジレンマゲームにおける協力率。Assertiveness = 自己主張性の高さ。