論文紹介

イメージ・スクラッチ課題:
 乳児の動機にもとづく視線の操作を評価するための新しいパラダイム
The image-scratch paradigm: a new paradigm for evaluating infants' motivated gaze control. Miyazaki M, Takahashi H, Rolf M, Okada H, Omori T. Sci Rep. 2014 Jun 30;4:5498
玉川大学グローバルCOEプログラム[2008-2012]元研究員の宮崎 美智子(現 大妻女子大学 講師)と高橋 英之(現 大阪大学大学院 特任助教)らは、乳児の動機にもとづく視線の操作を評価するための新しいパラダイムを提案した。

乳児は生後すぐから自発的に身体を動かす。しかしこの頃の自発的な行動は無目的な運動であることが多く、後の自発的な行動の組織化、特に、動機や意図といった内的状態にもとづく目的志向的な行動の獲得にどう結びつくのか、そのプロセスを定量的に評価することはほとんど行われてこなかった。


【図1】イメージ・スクラッチ課題

(A) 黒い画面が映るモニタ一体型のアイ・トラッカーに乳児が注視すると、見た部分が丸く削れて背後に隠されたカラフルな絵が現れる。(B) 30秒ずつ5枚の絵を呈示した。フェーズIとIIの削った面積量の比較、随伴性消失フェーズでの目の動きを分析した。


【図2】自発群・受動群の目の動かし方の例

そこで本研究では、乳児でも操作が比較的容易な眼球運動に着目し、動機にもとづく注視行動を定量的に評価するための新たな実験パラダイム、イメージ・スクラッチ課題の開発に取り組んだ。アイ・トラッカーで取得した視線データをリアルタイムに活用することにより、モニタに映された映像を視線で操作できるようにした(図1)。被験者が見る-削れるという視線随伴性を検出し、絵を削り出すという目的をもって視線を操作するようになるかを評価することを狙った。

まず、成人40名を対象とした実験により、視線随伴性の検出と合目的な視線の操作の指標の定量化を試みた。モニタに呈示される映像が視線随伴性を持つことは被験者には伏せ、単に画面を眺めてもらった。課題後の質問紙により、視線随伴性の検出と、合目的な視線の操作の有無を確かめ、共にあったと報告した被験者を「自発群」、共になかったと報告した被験者を「受動群」に分類した。自発群に分類された被験者の視線は、次の2つの特徴を示した(図2)。①フェーズIからフェーズIIにかけて、削り出した面積が増加した。②随伴性を止めた非随伴フェーズにおいて、黒いエリアを探索的に見る割合が有意に高かった。特に②の探索的な注視の割合は、自発/受動群の報告と整合性が高く、探索的注視の割合によって被験者を分類すると、高確率(88.9%)で自発群が受動群かを当てられることが分かった。

これを踏まえ、8か月児22名を対象に、視線随伴性の検出と合目的な視線の操作の傾向が見られるかどうかを検討した。非随伴フェーズにおける探索的な注視の割合の高低によって被験児を仮想自発群と仮想受動群の2群に分けて視線を分析したところ、成人と同様の傾向が示された。

さらに、この結果が目的達成の動機に基づくものであるかどうかを確かめる統制実験を行った。隠された絵をグレースケールの画像に差し替え、絵の魅力を低減させたイメージ・スクラッチ課題を別の8か月児12名に実施したところ、削った面積量に増加が見られなくなり、視線の合目的な操作が低減した。このことから、8か月児は絵を削り出したいという動機に基づいて注視を操作していることが示唆された。

イメージ・スクラッチ課題は、言語や運動能力が発達途上にある乳児の意図や動機にもとづく自発的行動の組織化過程の変化を定量的にとらえる可能性を秘めた課題である。今後はこの課題を用いて乳児の意図や動機,すなわち自己意識の発達起源を探りたい。