論文紹介

前部島皮質は対人的対戦ゲームにおける行動の複雑さ(エントロピー)と連関する
The Anterior Insula Tracks Behavioral Entropy during an Interpersonal Competitive Game. Takahashi H, Izuma K, Matsumoto M, Matsumoto K, Omori T. PLoS One. 2015 Jun 3;10(6):e0123329
玉川大学グローバルCOEプログラム[2008-2012]元研究員の高橋 英之(現 大阪大学大学院 特任助教)は、カルフォルニア工科大学の出馬圭世、玉川大学脳科学研究所の大森隆司 教授、松元健二 教授らと共同で、対戦ゲームにおける行動の複雑さと連関する脳部位を明らかにした。

競合的な状況において,個々のエージェントは相手の行動に対して自らの行動戦略を動的に調整する必要がある.今回の研究では,硬貨合わせ課題という単純な対戦ゲームにおいてどのように我々は自らの行動戦略を調整しているのか,その神経基盤について調べた.我々はエントロピーという数理的な指標を被験者の行動の複雑さの指標として用いた.なぜならば,ゲーム理論によれば,お互いに相手の戦略を読み合う対戦ゲームにおいて,行動の複雑さは意思決定の合理性の重要な指標であるからである(複雑な行動系列は相手から読まれづらい為).


【図1】条件ごとのエントロピーの平均

実験では,fMRIの計測をしながら,対戦相手が人間と教示された条件と,コンピュータと教示された条件それぞれにおいて被験者は硬貨合わせ課題を行った.しかし実際には被験者の対戦相手は,どちらの条件もランダムに行動を選択するコンピュータアルゴリズムであった.また実験条件としてゲームの勝率も対戦相手の教示とは独立して操作し,それぞれの要因がどのようにゲーム中の被験者の行動の複雑さ(エントロピー)に影響を与えるのかを検討した.

行動の結果として,ゲームの対戦相手を人間であると教示する,または勝率が低くなる(被験者の負けが続く)ことで,被験者の行動のエントロピーが増大することが示された(図1).これは被験者が対戦ゲームにおける対戦相手の認識やゲームの勝率などの情報を統合して,動的に行動の複雑さを制御していることを示唆する.


【図2】

またfMRIの結果として,両側の前部島皮質の活動が被験者のエントロピーと正の相関することが見出された(図2).その一方で,対戦相手のエントロピーとは前部島皮質の活動は無相関であった.この結果は,対人の対戦ゲームにおいて,前部島皮質の活動は,対戦相手が如何に複雑に振る舞っているのかではなく,自らがどれだけ複雑に振る舞っているのかに対応していることを示唆する.前部島皮質は,ソマティック・マーカーなどの,直観的,自動的な意思決定に寄与していることが報告されている.我々の知見は,競合的な状況における行動戦略の調整には,このような直観的,自動的なメカニズムが大きく寄与していることを示唆している.