長野先生:「授業設計」に基づく授業の構築Vol.3:授業設計

2014.02.24

「計画」から「設計」へ

最近では、指導計画という言い方に代わって、「授業設計」(Instructional Design)という言葉が用いられることが多い。
例えば、メリル(Merrill,M.D.)は、教師に必要な技能として「授業設計」の能力を重視している。(1)
メリルによれば、まず、学校という学習環境は基本的に2種類に分けられる。1つは「社会的環境」(social environment of the school)であり、もうlつは「教授的環境」(instruction-al environment of the schooI)である。
学校における社会的環境とは、生徒が他の生徒や教師の聞で相互交渉を行なう場面であり、主として授業以外の場面を指す。これに対して、教授的環境とは、生徒に特定の学習が成立することを意図して教師によって準備されるさまざまな刺激事態を指す。つまり、授業の場面である。
そこで、学校における学習を有効に成立させるためには、教師は社会的環境と教授的環境のそれぞれを適切に調節あるいは操作する技能(skill)を身に付けていなければならない、とメリルは言う。
社会的環境については、主に2種類の技能が必要となる。1つは、「教師が生徒との個人的なコミュニケーションを有効に行なうための技能」である。もうlつは、「生徒間相互のコミュニケーションを促進するための技能」である。この2つは、教師に必要な社会的相互交渉の技能である。
一方、教授的環境についても、基本的に2種類の技能が必要となる。1つは、「生徒と教授的な相互吏渉を有効に行なう技能」(instructional interaction skill)である。そしてもう1つが、「授業を適切に設計する技能」(Gnstructional design skill)である。
前者は、授業場面において教師の実際の行動を有効に展開する「授業実施者」としての技能である。後者は、生徒に学習をどのようにして成立させるかという乙とについて、環境設定の仕方を予め計画する「授業設計者」としての技能である。
こうした分類に基づいて、メリルは、教師にとりわけ必要な能力について、次のように強調する。

私は、教師希望者を、授業の設計者という重要な役割を果たすように育成できると信じている。だが、そのためには、教師養成過程において概論的な科目をやめなくてはならない。また、教授的相互交渉の技能よりも、授業設計の技能を重視しなくてはならない。


メリルの言う教授的相互交渉の技能とは、授業で情報提示や反応喚起やフィードパックなどを実際に巧みに行なうことを含むが、教師にとって一層重要となるのは、授業を設計する技能だとする。それは、生徒に学習の成立を確実に保障したいと考えるからである。

授業設計の発想

従来の、指導計画あるいは授業計画といった言葉に対して、授業設計という言い方が使われるようになった背景には、「教授工学」(Instructional Technology)の発想がある。
教授工学を含め、すべての工学が目的としていることは、特定の目標を達成するための最適の方法や装置などを設計し運用することである。また、その設計や運用は、科学的かつ計画的に行なわれる。その意味で、工学は科学を基礎としており、教授工学は、授業の設計と実施をより科学的に研究しようとする。
つまり、教授工学の目的は、授業即ち「教授と学習」の効率化に関して、工学的に研究することにある。
そのためには、まず、授業の内実である「教授と学習」の関係について明らかにする必要
がある。そもそも、「教授」あるいは一般に「教える」とはどういうことであろうか。
教えるという言葉に、次のような2種類の意味があることを指摘したのは、シェフラー
(Scheffer,I.)である。(2)

① 教える者が教えられる者を変化させることを意図して、教えられる者に働きかけること。
② 教える者が教えられる者に意図的に働きかけて、教えられる者を変化させること。


この2つの意味の違いは、①が、教えるということを働きかけることとしているのに対して、②は、教えることを変化させることと規定している点である。
つまり、①では、教師が生徒を変化させる意図を持って何らかの働きかけを行なえば、それで教えたことになる。しかし、②では、生徒の側に教師の意図した変化が現実に生じて初めて教えたと言えるのである。
シェフラーは、①の場合を教えるの意図的用法、②の場合を成功的用法と呼んで区別している。教えるという言葉を意図的用法で使う立場を「意図的授業観」と呼び、成功的用法で使う立場を「成功的授業観」と呼ぶとすれば、教授工学は成功的授業観に基づいて、生徒に現実に学習が成立したか否かという視点から、教授・学習の効率化を図ろうとするのである。
つまり、教授工学の考えに基づく授業設計は、その発想を次のようにまとめることができる。

授業設計は、特定の授業目標を効率的に達成するための最適な方法や形態などを設計し、運用することを目的とする。また、その設計や運用は、科学的かつ実証的に行なわれる。
そして、適切な授業設計の方法を利用すれば生徒の学習は促進すると仮定し、もし学習が成立しなかった場合は、それは生徒の責任ではなくて教師の側の設計が適切ではなかったのだ、という考え方に立っている。

  1. Merrill,M.D.,"Instructional Design:A New Emphasis in Teacher Trainig"in Merrill,M.D.(ed.),Instructioal Design:Readings,Prentice-Hall,Inc.,1971
  2. シェフラー, I.(村井 実監訳)『教育のことば--その哲学的分析』東洋館出版社、1981