昆虫の視葉と脊椎動物の網膜:視覚系の発生における初期応答遺伝子の発現パターンに類似性を発見−米国科学雑誌に掲載−

2016.07.22

発表概要

本学大学院農学研究科の宇賀神篤博士(日本学術振興会特別研究員PD)らの研究グループは、セイヨウミツバチの蛹脳内で初期応答遺伝子Egrの発現パターンを解析し、視覚情報を処理する「視葉」における蛹の初期から中期にかけたEgrの一過的な発現上昇を見出しました。本研究成果は、米国の科学雑誌 “Biochemical and Biophysical Research Communications”に2016年7月5日付けでオンライン公開されました。

内容

細胞が刺激を受けた際、それに応答して一部の遺伝子の働きが急速に活性化すること(=発現上昇)が知られています。これらの「初期応答遺伝子」と呼ばれる遺伝子は、特に成体の脳においては、神経細胞の活動に伴って発現上昇し、記憶・学習の成立に重要な役割を果たすと考えられています。初期応答遺伝子と脳の関係についての研究は、脊椎動物でさかんに行われてきましたが、ミツバチを含めた昆虫ではほとんど例がありませんでした。以前に宇賀神博士は、脊椎動物の初期応答遺伝子の一つであるEgr-1に着目し、その相同遺伝子Egrがミツバチ成虫で神経活動に伴う急速な発現上昇を示すことを明らかにしています(Ugajin et al., 2013 FEBS Lett)。これは、脊椎動物と昆虫に共通した初期応答遺伝子に関する世界に先駆けた報告でした。
 成体脳における神経活動との関係に加え、Egr-1のもう1つ重要な役割として、脊椎動物では網膜の発生への寄与が知られています。しかし、昆虫のEgrが「発生期にどこで何をしているのか」はほとんどわかっていませんでした。

 今回、宇賀神博士と北海道大学電子科学研究所の渡邊崇之博士、東京農業大学生物資源ゲノム解析センターの内山博允博士を中心とした研究グループは、ミツバチで幼虫型の脳から成虫型の脳へと変化する時期である終齢幼虫期から蛹期までの脳を対象に、Egrの発現量と発現領域の変化を解析しました。その結果、蛹の初期から中期にかけて、Egrの発現が「視葉」と呼ばれる領域で一過的に上昇していることを見出しました(図1, 2)。
 昆虫の視葉は、物体の色や動きの検出といった視覚情報処理を担う領域であり、私たちヒトを含めた脊椎動物の目にある網膜と同一の進化的な起源を有すると考えられています。今回の結果は、脊椎動物のEgr-1と昆虫のEgrが視覚系の発生という局面においてもよく似た役割を担うことを意味するものと考えられます。脊椎動物と昆虫では、視覚器の形態は一見大きく異なりますが、詳細な構造やその発生過程にはいくつもの共通点が見られます。今後、脊椎動物Egr-1の例と比較しながら研究を進めることで、昆虫Egrの視葉の発生における役割が明確になると期待されます。

論文のタイトル:

Expression analysis of Egr-1 ortholog in metamorphic brain of honeybee (Apis mellifera L.): Possible evolutionary conservation of roles of Egr in eye development in vertebrates and insects.
変態期のミツバチ脳内におけるEgr-1相同遺伝子の発現解析:Egr遺伝子の視覚系の発生への寄与は、脊椎動物−昆虫間で進化的に保存されている可能性が高い

著者:

1)宇賀神 篤 :玉川大学大学院農学研究科応用動物昆虫学研究分野
        日本学術振興会特別研究員PD(*研究グループ責任者)
2)渡邊 崇之 :北海道大学電子科学研究所学術研究員
3)内山 博允 :東京農業大学生物資源ゲノム解析センター博士研究員
4)佐々木 哲彦:玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター教授
5)矢嶋 俊介 :東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科教授
6)小野 正人 :玉川大学大学院農学研究科応用動物昆虫学研究分野教授、農学研究科長、農学部長

図1. 発生過程に伴う脳内Egrの発現変動
図1. 発生過程に伴う脳内Egrの発現変動
終齢幼虫と比較し、前蛹から蛹4日齢にかけて発現が上昇している(ミツバチは9日間の蛹期の後に成虫となる)

図2. 視葉におけるEgr発現細胞の分布
図2. 視葉におけるEgr発現細胞の分布
(左)蛹1日齢の視葉におけるEgr発現の様子:視葉は三層構造からなる。Egr発現細胞は黒い着色として可視化されている。赤枠部に集中して観察された(右)ミツバチ成虫の頭部と脳の位置関係:左図の蛹脳切片写真の領域が、成虫では青点線による水平切断面に相当する