坂野先生:ドイツの教育政策のABCVol.4:「能力に応じて、ひとしく教育を受ける」とは?

2012.01.10
坂野 慎二

日本では私立や国公立の中高一貫教育校を選択する人が増えてきています。将来の進路において、より多くのチャンスを残しておくためには、より良い学校を選ぶという感覚を多くの人が持っているということの現れといえるでしょう。しかし一方で、義務教育は共通の内容を等しく教育を受けるべきだ、と考えもあります。
教育が個人の「能力に応じて」(憲法第26条)行われるべきことは、そのとおりでしょう。と同時に「ひとしく」教育を受ける(同上)機会を保障することも重要です。日本では、進学校と呼ばれる学校が、都市部を中心に私立学校に集中する傾向があります。そうなると、私立学校の授業料を支払う家庭の子どもだけが、有利な機会を得ることになってしまいます。
ドイツで総合制学校を主張する政党や支持者は、同じ学校で教育を受け、多様な集団における葛藤を経て多様な人間関係の中での調整能力を高めることを総合制学校の利点と考えています。数学や外国語は習熟度別編成で対応するで、「能力に応じて」にも対応できると考えています。
これまでにもいくつかの州議会選挙では、学校制度が争点となりました。結果から見ると、総合制学校の推進を掲げたときのSPDは、負けることが多いようです。つまりSPD支持者でも分岐型の学校制度を支持している、あるいは少なくても総合制学校を支持していない、ということがいえるようです。ピサ調査結果からも、分岐型学校制度はによる社会階層の再生産性はドイツの成績が低いことの原因の1つとして、挙げられています。それにもかかわらず、何故分岐型学校制度が支持されるのでしょうか。
実はドイツの生徒は振り分けがあった後から進路変更が可能になっていることが明らかになってきました(坂野『戦後ドイツの中等教育制度研究』)。4年生終了時に振り分けが実施されても、6年生終了後や学校卒業後に別の学校に「転校」している生徒が少なからず存在していることが統計的にも明らかになりました。こうした柔軟な分岐型学校制度が支持されているといえるでしょう。
ドイツでは分岐型学校制度で大学進学向け学校(ギムナジウム)に行かないと大学に行きにくいという課題がありますが、同時に途中での進路変更が容易になっています。学校毎にそれぞれの能力に応じた教育を行うことが合理的と考えられているといえます。一方、日本では、どの高校からも大学に進学できる単線型学校制度ですが、良い大学に進学しようとすると私立の中高一貫教育校に進学した方が有利と考えられています。どちらが「能力に応じて、ひとしく教育を受ける」を達成しているのか、興味深いところです。