小松先生:学校論のABCVol.1:学校は19世紀社会の画期的な発明品

2012.06.04
小松 郁夫

私は授業で、「学校の社会的役割と教員の服務」、「学校経営の研究と実践」、「公教育と学校組織」などを担当していますが、大学入学以来の研究関心は「学校とは?」という学校論の研究です。学校といえば、日本教育史では室町時代に栄えた足利学校が有名ですが、私たちが日常的に話題にする学校は、19世紀後半に多くの先進諸国で整備された近代的な教育施設の学校を指します。
日本では明治5(1872)年の学制に始まります。京都では、それに先だって64の番組小学校が創設されました。イギリスでは、初等教育法が1870年に制定され、それまで多様にあった学校が徐々に整備される契機となりました。
アメリカの未来学者アルビン・トフラーは『第三の波』の中で、第二の波は産業革命であり、18世紀から19世紀にかけて起こったことであり、工業化により農耕社会(第一の波)から産業社会へと移り変わったこと。社会の主な構成要素は、核家族、工場型の教育システム、企業である、と分析しました。
近代社会が進行する中で、私たちは本来、自助や共助で相互に協力して社会生活を営んできた多くの部分を他人、特に専門家に委託するようになってきました。子どもの教育は免許を持った教員に、病気の治療や健康管理は医師免許状を持った医者に、争い事の解決は司法試験に合格した弁護士や裁判官、検事にお任せ、という具合に、どんどんと専門家という他人に委託し、当事者の家族はその維持費を税金や医療費として支払うお財布の役目しかしなくなりました。
21世紀になり、第三の波の脱産業社会(脱工業化社会)が本格化し、高度情報化社会や知識基盤社会というとらえ方をされています。当然、学校の社会的役割は変化するでしょう。変化しなければなりません。学校が今のままでは、ますます増殖する機能を担いきれずにパンクするのではないかと危惧しています。では、どのような新しい学校像を描けばいいのか、そのことを授業の中で考えてみたいと思います。