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謎解き読みのABC
Vol.3:作品の言いたいことは隠されている。
2012年1月30日

作間 慎一

小説や詩などを読む時、ストーリーなどを楽しむのはもちろんですが、作者が言いたいことは何かも考えます。しかし、最後まで読んでも言いたいことがわからなかいことが多いのではないでしょうか。そうであってもがっかりすることはありません。たいていの文学作品は、何が言いたいのかはわからないのです。言いたいことが無いからではありません。それは、言いたいことを隠して書いているからだと言うのです。

この考え方を聞いて、びっくりしました。そして、なるほどと思うようになりました。なぜ隠して書くのでしょうか。書いてあることがわかったら、その作品をもっと読もうという気持ちは生まれません。ミステリーなら最後に犯人がわかってしまうので、一度読んだらおしまいです。文学作品も書いてあることがわかったら読まれなくなります。ミステリーは、探偵の魅力、ストーリーの展開はもちろん、あちこちに伏線や謎を配して読者を惹きつけ、最後まで読者を離しません。文学作品も同じですが、違うのは最後になっても「犯人」がわからないところです。そのようにして、文学作品はいつまでも読まれることを願っているのです。しかし、わからないだけだったら、読むことをやめてしまうかもしれません。登場人物の魅力やストーリーのおもしろさは2度目には使えません。では、何を使って読者を惹きつけるのか、それが作品にちりばめられた謎なのです。

前回取り上げた『お手紙』にも言いたいことは隠されているのでしょうか。それが友情や思いやりの大切さならば、隠されているとは言えません。しかし、この作品には、謎がありました。謎の答えが見つからない限り、まだわからないことがあるということです。つまり、まだ読めていない隠れたことがあるかもしれないのです。謎を手がかりにして、隠されていることを何とか読もうとするのが謎解き読みです。


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