松陰橋

2016.10.05

玉川学園のキャンパスの真ん中を小田急線が走っている。キャンパス内を鉄道が走っているのは、日本全国を見渡してもとても珍しいこと。そして、小田急線を挟んだ二つの丘を繋ぐ橋として松陰橋が建設された。松陰橋の名前の由来は吉田松陰である。玉川塾からスタートした玉川学園。その建学の精神を後世に伝えるために、私塾の生みの親でもある吉田松陰にちなんで命名したと言われている。

現在の松陰橋は二代目で、初代は玉川学園が設立された1929(昭和5)年11月14日に竣工され、渡初式が行われた。初代の松陰橋は幅が狭く、とても車が通れるとは思えなかった。しかし、実際にはその松陰橋の上を車が通ったことがあった。

1929(昭和5)年11月14日の渡初式

現在の松陰橋は1988(昭和63)年4月8日に竣工し、渡初式が行われた。4月というのに雪が降る中での渡初式となった。大型車両がすれ違え、歩道も両側に配置された大きな橋に生まれ変わり、自然環境を壊さないようにとの配慮から45度で斜めに架けられた。それにより現在の正門から続く道と大学8号館へ向かう道とが直線で結ばれた。橋の長さは62m、幅は14m、重量は1,600t。工事は小田急線の終電から始発までの限られた時間に行われたため2年の歳月を費やした。渡初式の際にこんな笑い話があった。渡初式の前に積もった雪の上に点々と足跡が。「大変です、先生より先に橋を渡った者がいます。」学長の小原哲郎にそのような報告が入った。なんとその者はキャンパス内に棲むタヌキであった。

1988(昭和63)年4月8日の渡初式

参考文献

  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園50年史(写真編)』 玉川学園 1980年
  • 『全人』800号(2015年12月号) 玉川大学出版部 2015年