研究所の誕生

2017.10.02

玉川学園が誕生した年に、新教育の研究と教育の改造を使命とする教育研究所を設立

1.玉川学園教育研究所の設立

玉川学園が開校された1929(昭和4)年に玉川教育研究所が開設された。単なる研究機関として誕生したのではなく、新教育の研究と教育の改造を使命としていた。玉川学園創立者小原國芳は、玉川学園の教職員は全員が研究者であり、研究所の研究員であるから、たえず自己研鑽しなければならないとした。玉川大学が設立される18年前の玉川学園誕生の年に、しかも教員のみでなく事務職員をも含め全教職員の自己研鑽の場と位置づけて、國芳が教育研究所を設立したことは、画期的な出来事であった。

1929(昭和4)年8月の本学機関誌「學園日記」の第2号には、教育研究所の誕生が、つぎのように記されている。

生るべくして未だ生れざりしものの一つは、教育研究所だつたと思ひます。教育原論はもとより、各科問題、制度や経営、設備や社会教育、数へきれないほどの重要問題が未解決のまゝ残って居ます。各専門の学者、実際家殊に教育専門家外の各方面の専門家方の意見には大いに教へられる処が多いのですがそんな者が集まつて、ゼヒ、一歩づゝでも進みたいと思ひます。

教育研究所は旧図書館の3階に設けられた。教育研究所の主な取組はつぎの通りであった。

  • 教育文献や教具の蒐集
  • 教育の学問的・実際的研究と報告
  • 教育相談
  • 研究員制度による若手研究者の育成
労作教育研究会
労作教育研究会
体操講習会参加者

1931(昭和6)年、研究所の初代専任所員として、のちに文学部長や図書館長を歴任した清水清教授が就任した。清水は、新教育思想の研究を推進するとともに、玉川教育研究所訳として『ニルス・ブック 基本体操』『アールベルグスキー術』『ボーデ表現体操』といった体育関係の著作を刊行。さらに労作教育研究会やデンマーク体操講習会を開催したり、新教育に関する論文を一般から募集して「学園日記」「教育日本」「全人」へ掲載したりした。

1932(昭和7)年1月10日、教育研究所内に現職教員の再教育機関として教育大学部が設置され、教育の理論や実践がさかんに研究された。

2.玉川大学教育研究所に改称

戦後、教育研究所は現在の学園本部2階に移った。1946(昭和21)年8月発行の『全人』までは「教育問題研究」と表紙に記載されていたが、9月発行号からは「新教育研究」にかわっており、さらに玉川教育研究所と表紙に印字された。そして、玉川教育研究所の印字は、1948(昭和23)年7月発行の『全人教育』(『全人』から名称変更)まで続いた。

1947(昭和22)年4月、旧制玉川大学が誕生したことにより、名称を玉川教育研究所から玉川大学教育研究所に改称した。そして、初代学長が日本の心理学の泰斗である田中寛一教授ということもあり、鈴木清と品川不二郎の両教授を中心として心理学的な研究と実践とを主体とする新教育の研究を展開した。また、教育研究所を本拠として、現職教員の再養成のための教育研究制度としての教育大学を開校。この教育大学がさらに発展して通信教育部が誕生した。

1949(昭和24)年、鈴木が横浜国立大学へ、品川が東京学芸大学へ転出するに至って、教育研究所は名称のみが存在する空白の時代に入っていった。教育研究所として蒐集した教育文献は、ほとんどが図書館へ移管された。

1958(昭和33)年1月、小原國芳監修、玉川大学教育研究所編の『玉川道徳教育講座』(理論篇・実際篇)と『道徳教育研究』(1・2)が刊行された。これらの刊行物の制作にあたっては、教育学科の教員を中心として、小学部、中学部、高等部の教員も加わって行われ、玉川学園の全教職員が研究者であるという創立当時の精神を最も具体的に表した取組となった。

教育研究会にて玉川学園内を参観
第2回新生日本教育研究会

3.教育研究所の新たな展開

1966(昭和41)年4月に中森善治が専任の研究員として所属するに至って、教育研究所は新たな事業を始めることとなった。場所が工学部校舎(現在の大学8号館)の学長室(現在は会議室)の隣に移り、まずは我が国の新教育運動に関する文献の蒐集から始めた。それらの資料をもとに、國芳の長年の夢であった『日本新教育百年史』の制作に着手した。109名の執筆者と349名の資料提供者の力によって、小原國芳編『日本新教育百年史』全8巻が、5年の歳月を費やして完成した。我が国の教育研究に欠けていた、教育活動の原動力となった実際の実践者の個々の教育研究をまとめたもので、教育史上の貴重な資料となった。

1969(昭和44)年、玉川大学大学院創設にあたって、教育研究所は、教育学科の文献室の管理も兼ねることとなり、旧文学部第二校舎に移った。そして、明治時代以降の教育思想、教育方法・教育内容を著した教育書や、外国の著名な教育思想や教育方針の書、比較研究の資料としての外国の教科書などに重点を置いて蒐集を行った。

4.世界教育日本協会の事務局を担当

1967(昭和42)年6月、國芳が世界教育日本協会の会長に就任した。同時に中森が事務局長となり、事務局が教育研究所内に置かれることとなった。そしてこのことが、生気を失いつつあった新教育を生き生きと蘇らせる契機となった。教育研究所では、世界教育日本協会の機関誌『教育新時代』を1967(昭和42)年12月(創刊号)から1974(昭和49)年9月(第82号)まで、6年10カ月にわたって毎月刊行した。國芳の英断で、1973(昭和48)年8月には、世界教育連盟の主催による世界新教育会議が帝国ホテルで開催され、その準備や、翌年に刊行する『世界新教育会議報告書』の作成を、教育研究所が事務局として担当することとなった。会議は8月7日から13日までの一週間、イギリス、アメリカ、ブラジルなど海外から150名、国内から300名を超える参会者があった。また会議報告書は日本語と英語の二カ国語で300ページを超える一冊となった。

世界新教育会議
世界教育会議での学内参観

1974(昭和49)年5月、國芳が世界教育日本協会の会長を辞任した。それに伴って事務局も1974(昭和49)年12月に教育研究所から都内へと移った。

5.1975(昭和50)年以降の研究所

教育研究所は、1976(昭和51)年4月、創立当初と同じ旧図書館の3階に移り、教育図書や研究資料の蒐集をしながら研究体制を確立していった。以後、1979(昭和54)年に玉川学園学術教育研究所と改称、1994(平成6)年には玉川大学学術研究所と玉川学園教育研究所に改組。1999(平成11)年には玉川学園教育研究所を玉川学園全人教育研究所と改称するが、2003(平成15)年に全人教育研究所は玉川大学学術研究所に包括統合された。2007(平成19)年には玉川大学脳科学研究所が、2011(平成23)年には玉川大学量子情報科学研究所がそれぞれ設立され、以後3研究所体制で、さまざまな研究が推進されている。

【現在の研究所】
学術研究所 K-16一貫教育研究センター、ミツバチ科学研究センター、
生物機能開発研究センター、菌学応用研究センター、
人文科学研究センター、高等教育開発センター、
先端知能・ロボット研究センター(AIBot研究センター)
脳科学研究所 基礎脳科学研究センター、応用脳科学研究センター
量子情報科学研究所 量子情報数理研究センター、超高速量子通信研究センター
【沿革】
1929年 「玉川教育研究所」の設置
1947年 「玉川大学教育研究所」と改称
1979年 「玉川学園学術教育研究所」と改称
附置として全人教育研究所・体育研究所・ミツバチ科学研究所を置く
1993年 「玉川学園学術教育研究所」に生産開発工学研究所(量子通信研究施設・品質工学研究施設)を開設、
コンピュータセンター準備室開設
1994年 「玉川大学学術研究所」と「玉川学園教育研究所」に改組
「玉川大学学術研究所」に全人教育研究施設〈体育研究所を吸収〉・ミツバチ科学研究施設・生産開発工学研究施設を置く
1996年 「玉川大学学術研究所」に脳科学研究施設を開設
1998年 「玉川大学学術研究所」に応用生命科学研究施設を開設
1999年 「玉川学園教育研究所」を「玉川学園全人教育研究所」と改称
「玉川大学学術研究所」より全人教育研究施設を分離
2000年 「玉川学園全人教育研究所」に全人教育研究施設・心の教育実践研究施設を開設
2001年 「玉川学園全人教育研究所」に教師教育開発研究施設を開設
2002年 「玉川大学学術研究所」に言語情報文化研究施設を開設
2003年 「玉川大学学術研究所」が「全人教育研究所」を包括統合し、全人教育研究施設と心の教育実践研究施設が加わる。生産開発工学研究施設を廃止して、知能ロボット研究施設・量子情報科学研究施設を新設。応用生命科学研究施設から菌学応用研究施設を独立。さらに人文科学研究施設を開設し、研究促進室を設置
2006年 体育・健康科学研究施設を開設
全人教育研究施設をK-16教育研究施設へ改称
2007年 「玉川大学脳科学研究所」設置に伴い、「玉川大学学術研究所」より
脳科学研究施設、知能ロボット研究施設、言語情報文化研究施設を分離
2008年 各研究施設の名称を「センター」へ改称
応用生命科学研究施設を生物機能開発研究センターへ改称
K-16教育研究施設をK-16一貫教育研究センターへ改称
教師養成研究センターを開設
研究センター棟完成
2010年 Future Sci Tech Lab完成
改組により「玉川大学学術研究所」に知的財産本部を設置
2011年 「玉川大学量子情報科学研究所」設置に伴い、「玉川大学学術研究所」より量子情報科学研究センターを分離
2012年 「玉川大学学術研究所」より教師養成研究センターを教師教育リサーチセンターへ移管
2013年 「玉川大学学術研究所」より体育・健康科学研究センターを教育学部へ移管
2015年 「玉川大学学術研究所」に高等教育開発センターを開設
「玉川大学学術研究所」より心の教育実践センターを高等教育付属機関内にTAPセンターとして独立
2017年 改組により玉川大学学術研究所に先端知能・ロボット研究センター(AIBot 研究センター)を設置
玉川大学量子情報科学研究所の量子情報科学研究センターを量子情報数理研究センターに改称
教育研究会に集まった研修生
体操講習会
國芳の講演
音楽講習会

関連サイト

参考文献
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 学校法人玉川学園編『玉川学園創立80周年記念誌』 玉川学園 2010年
  • 『玉川大学 玉川学園 2017』(総合パンフレット) 玉川大学・玉川学園 2017年
  • 小原國芳監修『全人教育』第209号 玉川大学出版部 1967年
  • 小原芳明監修『全人』第796号 玉川大学出版部 2015年
  • 小原國芳編集『學園日記』第2号 玉川學園出版部 1929年
  • 小原國芳監修『玉川教育-玉川学園三十年-』 玉川大学出版部 1960年
  • 『全人教育の開拓者 小原國芳先生』 山口県玉川会 1984年