出版部の誕生

2017.10.31

教育機関誌の出版から始まった玉川大学出版部は、日本で数少ない大学出版部の一つとして、高等教育関係の研究書や専門書などの教育関係書籍、さらには全集、百科辞典から児童書に至るまで幅広い教育書籍を刊行していることで知られている。

出版部の誕生

玉川大学出版部は1929(昭和4)年、玉川学園の創設と同時に「玉川学園出版部」として発足した。その前身は、玉川学園出版部と同じく、玉川学園創立者小原國芳によって1922(大正11)年12月25日に設立されたイデア書院。玉川学園出版部はイデア書院を吸収するという形で、それまでの出版活動を受け継ぎながら新しい分野を開拓していった。『教育一路』(玉川大学出版部発行)で國芳は次のように述べている。

私学に身を投じた当初から、「出版」と「機関誌」は私学経営に不可欠と考え、実践してきました。

イデア書院時代は國芳の事業を支援することを目的として出版していたが、学園創設後は新教育運動や欧米の最新の教育思想を紹介する書籍を刊行するとともに「全人教育」の普及を担う活動も展開した。「玉川大学出版部」という現在の名称になったのは、1947(昭和22)年で、旧制玉川大学の発足と同時であった。

イデア書院

國芳のはじめての著作出版は、京都帝国大学での1,500枚に及ぶ卒業論文「宗教による教育の救済」を大幅に整理した『教育の根本問題としての宗教』(1919年(大正8)年)で集成社から出版された。集成社は引き続き、『思想問題と教育』『修身教授革新論』『修身教育の実際』などの國芳の著書を出版したが、業績が悪化。そこで國芳は、自ら出版を行う決意を固め、1922(大正11)年12月末にイデア書院を設立した。翌年1月から雑誌『イデア』を刊行。1926(大正15)年8月より、『イデア』とともに、『エデユカチオ』から誌名を変更した教育雑誌『全人』を発刊した。1927(昭和2)年4月には『全人』と成城学園発行の『教育問題研究』を合体して『教育問題研究 全人』を発行。

雑誌『イデア』

イデア書院の設立と出版は、國芳の新教育運動の一角であり、全人教育を広く世に問う手段でもあった。その出版内容として、全人教育としての哲学・科学(真)、道徳(善)、芸術(美)、宗教(聖)、体育(健)、新教育に発する労作教育塾教育、教育改革論、学校劇、各科の理論と実践が取り上げられ、さらに児童のための良書の刊行が指向されていた。

雑誌『イデア』創刊号の巻頭論文は、國芳の「児童図書室論」。さらに、時事新報の企画で行われた國芳を含めた識者10名による「どんな本を子供たちに読ませたいか」の選定結果が、この創刊号に掲載されている。6月頃からは子供向けの雑誌も発行。高学年向けの『少年文学』、中学年向けの『児童文学』、低学年向けの『コドモ文学』の3種類。書籍では『児童図書叢書』や副読本の『児童文学読本』などが刊行された。イデア書院時代の國芳の著作は、『自由教育論』『教育の根本問題としての哲学』、『学校劇論』、『秋吉台の聖者本間先生』、『母のための教育学』、『カンジンスキーの芸術論』(訳)などであった。

玉川学園出版部

機関誌『學園日記』

玉川学園創立とともに、玉川学園出版部が誕生した。誕生とともに書籍の活発な刊行が始まった。書籍では『玉川叢書』、『玉川文庫』、『少年文庫』などを出版、雑誌では1929(昭和4)年6月より機関誌『學園日記』を発行。『學園日記』は、同年10月に『イデア』を吸収し、1932(昭和7)年3月からは『労作教育研究學園日記』に改題された。そして、1934(昭和9)年6月から発行された『教育日本』に受け継がれていった。一方、1932(昭和7)年5月から『女性日本』を刊行。この2誌は、1939(昭和14)年1月に合体して『全人』となった。機関誌『全人』は戦時中の1943(昭和18)年6月より休刊となり戦後の1946(昭和21)年1月から再刊された。その後、名称は『全人教育』や『ZENJIN』に改称され、現在の『全人』になった。『學園日記』については、『ZENJIN』第636号の「故きを温ねて」に次のような記述がある。

昭和四年六月二五日。玉川学園の機関誌『學園日記』が創刊された。小原國芳は「私学に身を投じた当初から、『出版』と『機関誌』は私学経営に不可欠と考え、実践してきました」と『教育一路』(日本経済新聞社)で述べている。戦時中は中断したが戦後すぐにザラ紙で再刊。困難な時でも機関誌は小原國芳が求める「真(まこと)の教育」「本物の教育」を推進するための役割を常に担ってきたのである。
『學園日記』創刊号には、「少年たちに告ぐ」で始まる文章(「少年たちに告ぐ。喜んで、困難を友としてよ。微笑みを以って辛苦を迎えてよ。やろうよ。」)を見ることができる。この言葉は正門の池の校標に見る「玉川のモットー」の原形となっていることがわかる。

1932(昭和7)年、日本で初めて子供向けの百科辞典である『児童百科大辞典』(全30巻、1937年完結)を刊行した。自学を徹底的に行うためには、体系的な百科辞典が必要で、英国にはアーサー・ミーの『The Book of Knowledge』があると澤柳政太郎から教えられ、「お前ひとつやってみないか」の言葉から考え出された。玉川における百科辞典刊行の初めてのものであった。その國芳の玉川学園出版部時代の著作は、『玉川塾の教育』『塾生に告ぐ』『教師道』『教育立国論』などであった。

『児童百科大辞典』

石井和夫著「大学と大学出版部―学術の普及と教育への寄与―」(『全人教育』第427号 玉川大学出版部 1984年 に所収)に次のような記述がある。

これらの出版活動が当時の高等教育にもった意味はあらためて検討するに価しようが、見られるとおり、すぐれて教育的、啓蒙的色彩を色濃くもっていた。そのなかで、玉川学園出版部はひとり独自の道を歩んでいた。一九二九年、学園創設とともに発足したこの出版部は、もともと小原國芳のイデア書院に始まる。いや、「真に精神的に文化的に有意義な本でなければ出しませぬ」と言い切った彼の信条が、全人教育の旗のもとに玉川学園の創立を促したといってよさそうである。ユニークな「新教育」の指針的書籍と、『児童百科大辞典』の編纂にみられる経営の才は、通信教育の枠を超えた学園出版の道を開拓していった。

出版活動は、玉川学園創設の時から、労作教育の実践の場所と位置づけられていた。そのため、出版部では、専門の職員のほか、一般教職員や学生・生徒も、執筆、編集、製作、販売に直接参画していた。

玉川大学出版部

1947(昭和22)年、旧制玉川大学が設立され、それとともに出版部も玉川学園出版部から玉川大学出版部となった。そして、1948(昭和23)年になると、玉川色の強い書籍の刊行がつづいた。例えば、『スピノザ研究』(波多野精一著)、『新教育と宗教』(福島政雄著)、『労作教育新論』(小林澄兄著)、『合唱アルバム1~6』、『玉川学校劇集』(3集)、『新生日本教育叢書』など。教育書、児童書、科学書、芸術関係の書籍などが活発に刊行された。しかし、1950(昭和25)年以降は百科辞典の刊行に力点が置かれたため、他の書籍の発行は1955(昭和30)年頃まで低調になった。1954(昭和29)年より、百科辞典類の玉川学園と誠文堂新光社との間での業務提携がはじまる。出版部の事業出版の発足であった。

駅から正門につづく桜並木と出版部
玉川池から望む出版部の建物
出版部
出版部
出版部

1932(昭和7)年の『児童百科大辞典』(全30巻、1937年完結)につづき、子供向け百科辞典の刊行は、戦後の『学習大辞典』(全32巻、1947~1951年)、『玉川児童百科大辞典』(全30巻、1950~1953年)、『玉川こども百科』(全100巻、1951~1960年)、『玉川百科大辞典』(全31巻、1958~1963年)、『玉川児童百科大辞典』(全21巻、1967~1968年)、『玉川新百科』(全10巻、1970~1971年)、『玉川こども・きょういく百科』(全31巻、1979年)、さらに現在刊行中の『玉川百科 こども博物誌』(全12巻、2016~2019年完結予定)につながっていった。

『玉川百科大辞典』
『玉川児童百科大辞典』
『玉川こども百科』
『玉川児童百科大辞典』
『玉川児童百科大辞典』の編集
(昭和41年10月)
『玉川こども・きょういく百科』
編集を指導する國芳(昭和29年)
『玉川百科 こども博物誌』
第6回産経児童出版文化賞を受賞(昭和34年)

『玉川こども百科』の編纂にあたり、陣頭指揮を執ったのが、後に理事長・学長・学園長、総長となる若き日の小原哲郎だった。その編集作業は多くの困難を伴い、小原國芳は『全人』誌の「身辺雑記」や「編集室」の中で、「苦労です」「大変な苦労」「大変な労作」を連発していた。しかし、質の高いものをめざした國芳、哲郎らの苦労は多くの読者の感激の声によって報われることとなる。そして、『春の植物』『夏の植物』『秋冬の植物』の3冊が、1959(昭和34)年5月5日の産経新聞において「新機軸の植物図鑑、年少者にも理解できる解説」と評価され、第6回産経児童出版文化賞を受賞。児童向けの百科辞典として、唯一無二の存在となる。そして第1巻の刊行から9年の月日がたった1960(昭和35)年12月、遂に100巻目を刊行し、この壮大な事業は完結した。

都内書店のショーウィンドーに並べられた『玉川こども百科』(昭和31年)

『玉川百科大辞典』が1963(昭和38)年9月に刊行が完結した後、11月に第17回毎日出版文化賞の特別賞を受賞。それ以降単行本の刊行も活発となった。そのような中、『小原國芳全集』をはじめ、懸案になっていた刊行物の整理、まとめが進み、創立40周年を迎えて、記念出版としての学園の教育の紹介など、さまざまな書籍が活発に刊行された。

1965(昭和40)年頃からは『世界教育宝典』、『教育の名著』、『日本新教育百年史』、『小学教育研究』、『幼児教育』、『玉川学校劇集』などのシリーズや全集をはじめとする教育の研究・専門書や、音楽・演劇・体育を含む教育実践書を刊行。1974(昭和49)年には教養啓蒙書『玉川選書』をスタートさせ、さらに『フレーベル全集』『西洋の教育思想』や、『玉川こども図書館』などの幼児・児童教育に関する叢書を相次いで世に送り出した。

編集会議(昭和43年)

1982(昭和57)年には『大学教授法入門』を皮切りに、大学教育の現在・過去・未来を考える『高等教育シリーズ』の刊行を開始。大学史、大学論から、各国の教育事情や教授法、大学職員の教務実践法まで、高等教育のさまざまなテーマを扱っている。2010(平成22)年から翌年にかけては、現在までの高等教育研究の成果を集大成し、次世代の研究・実践に継承する『リーディングス 日本の高等教育』を刊行。2015(平成27)年からは、大学における教授法の知識と技能を体系的に提示し、大学教員を支援する『シリーズ 大学の教授法』も刊行している。

また、幼稚部から大学院までをひとつのキャンパスに擁する玉川学園の出版部という特色を生かし、『ともだち』などの絵本、『科学キャラクター図鑑』などの児童書を刊行。大学出版部のなかで唯一児童書を出す版元として、子供と本の関係を考え、教育絵本、学習読物、教養図鑑を発行している。

『科学キャラクター図鑑』

この間、玉川学園・玉川大学の教育実践活動や研究活動をインタビューや報告記事で紹介する学園機関誌『全人』(月刊)を発行。玉川学園・玉川大学の情報発信、広報活動の一端を担うと同時に、学内外の執筆陣によるタイムリーな論評やエッセイなどを掲載し、時代と社会と玉川教育のつながりを追究している。大学・高等教育関係の書籍といえば、玉川大学出版部といわれるほど、質・量ともに充実した内容を揃えている。

『全人』

関連サイト

参考文献
  • 小原國芳著『小原國芳自伝 夢みる人(2)』 玉川大学出版部 1963年
  • 小原國芳著『教育一路』 玉川大学出版部 1980年
  • 小原國芳監修『全人』第1号 イデア書院 1926年
  • 小原哲郎監修『全人教育』第427号 玉川大学出版部 1984年
  • 小原芳明監修『全人』第800号 玉川大学出版部 2015年
  • 白柳弘幸著『故きを温ねて』(『ZENJIN』No.636 玉川大学出版部 2001年 に所収)
  • 白柳弘幸著『故きを温ねて』(『ZENJIN』No.677 玉川大学出版部 2004年 に所収)
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 玉川学園・玉川大学ホームページ「キャンパス情報/玉川大学出版部」