玉川学園舞踊団のギリシャ公演

2018.10.05

1972(昭和47)年8月10日、玉川学園舞踊団はギリシャに向かった。そして、約20日間、ギリシャの各地において10回の公演を行った。それは、ギリシャ古代劇場と日本民俗芸能との調和への挑戦でもあった。

1. ギリシャ公演の実現

1970(昭和45)年、大阪での日本万国博覧会の年の春、玉川大学教授の岡田陽はギリシャ劇の研究家として有名な戸張智雄の紹介で、ギリシャ人の世界的プロモーター、ビア・ハジニコス女史に会った。その際、彼女からギリシャの青年たちのために日本の学生による演劇を上演してほしいとの依頼を受けた。そして、岡田陽は演劇発祥の地であるギリシャを訪れて、国際舞台で演劇公演を行おうと、具体的な折衝を開始した。こうして、1972(昭和47)年8月10日から9月4日までの公演旅行が実現。東京の都市センターホールにて4回の披露公演を行った後、玉川学園舞踊団一行はギリシャへと旅立った。

2000年前に建てられたロドス古代スタジアムでの公演

野外劇場オデオン座での公演を最初に、42名の一行は20数日間にわたる公演を行った。ギリシャ側からもハジニコス女史をはじめ10名前後の人たちが常に同行してくれた。公演の演目は、「さくら」「黒田節」「津軽じょんがら節」「わらべ唄」「花笠おどり」「北海太鼓」「越後獅子」「連獅子」「阿波おどり」などの日本民俗舞踊集と、関矢幸雄作・振付の創作民族舞踊ともいうべき舞踊詩「山ふところ」であった。日本民俗舞踊集の振付は、坂東三津五郎、江崎司、関矢幸雄、黛節子、岡田純子、方勝といった玉川大学が誇る教授陣。

2. 最初の公演

アテネ空港に到着した一行は、アテネ市内を通過してパトラス市へ。パトラス市は、ピレウス、サロニカにつぐギリシャ第3の港町である。この町の丘の上の茶色い色をした遺跡の中央にそびえたつ古代劇場がオデオン座。この野外劇場で、ギリシャでの玉川学園舞踊団の最初の公演が行われた。オデオン座はまたの名をヘロデス・アティコス劇場といい、2世紀に音楽会場として建てられたと言われている。この劇場について、岡田陽著『The World Known TAMAGAWA GAKUEN―玉川学園舞踊団ギリシャ公演記―』(『全人教育』第279号に所収)に次のような記述がある。

音響効果は抜群、特にオルケストラとよばれる半円舞台の中心点に立つと、どんな小さな音でも全会場にひびきわたる。写真で見られるように、半円舞台が最底面で、大理石造りの客席が扇型に急斜面で拡がっている。上の方から見おろされる感じで圧迫感があるが、観客との連帯感はすごい。まったくお客のフトコロにとびこんだ感じなのだ。ギリシャ悲劇のカタルシスの意味は、こういう劇場でこそはじめて実感できる。

オデオン座での公演
40度を超す炎天下で夜の公演の準備
公演後、観客が珍しい日本の太鼓をたたきに集まってくる

3. ギリシャ古代劇場と日本民俗芸能

今回のギリシャ公演では、ギリシャ古代劇場をどう使いこなすか、また古代劇場と日本民俗芸能がどのようにマッチするのかが課題であった。そのことについて、岡田陽編『南ギリシャを行く』(玉川大学出版部発行)に次のように記述されている。

ギリシャ最後の公演地ロドスのアーケオン・スタディアム劇場は、いわゆるギリシャ古代劇場の典型的構造に近い。しかも同じ劇場で四回公演できるというのだから張切らざるを得ない。
ギリシャ古代劇場と日本芸能とが、どうぶつかり合い、どう調和するか――それを私達は身をもって体験し、まざまざとこの目で見ることが出来るのだ。
日本の伝統的な芸能をギリシャ舞台で演ずる試みは、今だかつて完全にはなされていない。
    (略)
この夜の「連獅子」はまさに圧巻だった。純白のかつらをつけ、金色かがやく大口法被の親獅子が、ギリシャ舞台の奥ふかく――そこは古代テーベの王城の門――ライトの中に浮びあがる。古代ギリシャの世界に降り立ち、一歩もひかぬ凛然たる風格を見せる高雅なる日本の伝統――これは私達が見たギリシャ劇のどの場面よりも毅然たる量感にあふれていた。
これは見事な説得力だ。東西の文化のおどろくべき調和を目のあたりに見る思いがする。しばし息をのんだ観客も、次の瞬間激しい拍手をおくった。私達も深い感動で思わず涙ぐんでしまった程だ。

2000年前に建てられたロドス古代スタジアムでの公演
夕方5時稽古開始、夜9時半開演

さらに、岡田陽編『南ギリシャを行く』(玉川大学出版部発行)に、両国の文化の違いと調和について、次のように記されている。

古代ギリシャの文化は、いわば石の文化だ。そこへ木の文化ともいうべき日本の民族芸能が突然ユカタがけで乗り込んできたという一種爽快な違和感。荘重な古代の石の上をヒラヒラと舞う可憐な胡蝶。重厚と軽快、荘重と清楚――これは誠に新鮮な、むしろモダンというべき感覚だった。異質なるが故に大きく調和したというか、異質のままひとつに昇華したというか、そんな新鮮な発見があった。

各国の言葉で「おやすみなさい」といって観客をおくる
エピダウロスの野外劇場で合唱

4. ギリシャ各地への旅

今回のギリシャ公演は、舞台公演の披露はもちろんのこと、学生との交歓やギリシャ文化に触れることも大きな目的であった。ギリシャ各地を訪れたことが、岡田陽著『The World Known TAMAGAWA GAKUEN―玉川学園舞踊団ギリシャ公演記―』(『全人教育』第279号に所収)に次のように記載されている。

旅行のプランも、首都アテネをはじめ、聖書に出てくるコリント、だれでも知っているスパルタ(今や平凡な小都市だったが)、イタリー航路の港町パトラス、ギリシャ独立戦争発生の地カラマタ、オリンピックの聖地オリンピアの遺跡、中世の都市ミストラ、アポロ神託の地デルフイ、世界的な保養地ロドス島など、南ギリシャの主要都市、見るべき遺跡、観光地はすべて見させてもらった。

ギリシャの若者たちと楽しい歌の交歓会
スパルタ市長より花籠の贈呈
世界的な観光地ロドスの市長レセプション
リンドス島の遺跡を見学
アテナイのパルテノン神殿見学
デルフオイの神殿と劇場

関連サイト

参考文献

  • 岡田陽編『南ギリシャを行く』 玉川大学出版部 1973年
  • 岡田陽「The World Known TAMAGAWA GAKUEN―玉川学園舞踊団ギリシャ公演記―」(小原國芳監修『全人教育』第279号 玉川大学出版部 1972年 に所収)
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史(写真編)』 玉川学園 1980年