校歌

2014.03.05

創立以来日々歌われ続ける、学園の理念

1929年(昭和4年)の校歌 ト長調で書かれていた

一、空高く 野路は遥(はる)けし
  この丘に 我らは集い
  わが魂(たま)の 学舎(まなびや)守(も)らん

二、星あおき 朝(あした)にまなび
  風わたる 野に鋤(すき)振う
  かくて我ら 人とは成らん

三、神います み空を仰げ
  神はわが 遠(とお)つみ祖(おや)
  わが業(わざ)を よみし給わん

玉川っ子であれば、誰でも歌うことができるのが、この玉川学園校歌だ。というのも、玉川学園の小学部、中学部、高等部の生徒は、朝会でこの校歌を歌うことが一日の始まりとなっているからである。小・中・高で朝会の始まる時間が異なるため、それぞれの校舎のある丘から丘へと輪唱のように歌い継がれていく。これは、1929(昭和4)年の学園創立から行われている、玉川学園の佳き伝統となっている。

この校歌の作詞を担当したのは田尾一一(たおかずいち)。小原國芳が香川県師範学校で教鞭を執っていた当時の教え子であり、玉川学園創立時には中学部、専門部の教頭格であった。田尾は後に東京芸術大学音楽学部長に就任したが、校歌が誕生した当時の経緯について「小原先生のお宅の応接間兼食堂に小判型のテーブルがあって、それをとりまいて、毎夕新しい学校の構想をめぐって先生からお話があった。(中略)そういう雰囲気の中で、校歌が生まれた。私はその生きて動いているアイディアをそのままとらえるとでもいうような、そんな心もちでそれをまとめた」と語っている。
そして、田尾が手がけた歌詞にメロディを付けたのが、岡本敏明だった。玉川学園創立の年に東京高等音楽学院(現・国立音楽大学)高等師範科を卒業したばかりだった岡本は、音楽の教員として採用される。そして1929(昭和4)年4月4日の玉川学園創立準備職員会の席上で、小原國芳から「8日の入学式に間に合わせたいので、できればこの会議中に作曲してほしい」と田尾による歌詞を渡され、ピアノも何もない松林の中を散策しながら一時間ぐらいで作曲したのだという。慌ただしいようだが、学園創成期に集まった関係者たちの情熱が伝わってくるエピソードである。

こうして誕生した校歌は、まさに玉川の丘で理想の教育を始めようとする小原國芳の、新しい学校への想いがあらわされた一曲となった。一番の「空高く……」では、聖山の頂から相模平野を見下ろしての風景が表現された。また二番の「星あおき……」では、朝のうちは勉強と読書、午後は労作によってバランスの取れた人間教育を行うといった意図が読み取れる。そして三番の「神います……」ではキリスト教のみならず、日本の神にも通じるようになっている。多くの神話で神が天地をつくった。「この神の末裔がわれわれ人間である」と、田尾一一は後年語っている。

校歌には、その学校の教育理念が込められているものである。けれども多くの学校では、生徒が校歌を歌う機会は入学式や卒業式程度しかなく、ともすれば卒業と同時に忘れてしまうといったことも少なくない。こうした中で玉川学園校歌は、生徒はもちろん卒業生であれば誰でも歌うことができる。同窓会など卒業生が集う機会があると、「最後に校歌を歌わないと収まりが付かない」といった話もよく耳にする。玉川の教育理念が、校歌というかたちで卒業生の中に息づいているからに違いない。

そしてこの校歌は、玉川学園関係者以外からも高い評価を得ている。講談社が1982(昭和57)年に出版した『日本の唱歌』は一般的な唱歌に限定せず、寮歌や応援歌、校歌なども取り上げた唱歌集となっているが、この中で編者である金田一春彦氏は「誰でも、自分の学校の歌を愛します。と言って、寮歌・校歌を片っ端からあげることは出来ません。それで、かりにその範囲を、その学校の学生でない人でも知っていて、歌うことのある学校歌ということに限定しました。(中略)単に音楽的にすぐれているというならば、ここにあげた歌以上の歌もたくさんありそうです。たとえば編者の一人の好みで言うなら、玉川学園の校歌などは、日本一の校歌ではないかと思ったりいたします」と、「あとがき」に寄せている。
「校歌は民謡などと類する性質のもので、叙情詩のように主観的ではない。だんだん歌われているうちに、多くの人の歌になり、ますます客観性を得てくる性質のものである」と、田尾一一は後日述懐している。今年小学部に入学した新入生も、還暦を過ぎた卒業生も、心を一つにして歌うことのできる校歌。玉川学園校歌の素晴らしさは、その歌詞や曲調のみならず、80余年にわたって、まさに生徒によって磨かれてきたからに他ならない。

参考文献
小原國芳編『全人』第197号 玉川大学出版部 1966
小原芳明編『全人』第635号 玉川大学出版部 2001
小原芳明編『全人』第760号 玉川大学出版部 2012
金田一春彦・安西愛子編『日本の唱歌(下)』 講談社 1982