玉川発見伝 9

戦時中・復興期の玉川を知る本部棟

モリナガ・ヨウ Yoh Morinaga

1966年東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業。取材対象を細密かつ緩やかな画風で表現。著書に『図解絵本 東京スカイツリー』『築地市場 絵でみる魚市場の一日』(第63回産経児童出版文化賞大賞)など多数

松陰橋の東側のたもと、隣接する木立の向こうに、木造2階建ての建物、「本部棟」がある。かつて学園の管理部門が集まっていたために付けられた名称で、現在は校内の安全を司るキャンパスセキュリティセンターが使用している。

その歴史は古く、上棟式は70年以上前の1942(昭和17)年5月5日。小原國芳が計画・準備し、前年に設立申請された興亜工業大学(千葉工業大学の前身)の「予科本館」として建てられた。会議室、庶務課、学生課などが置かれたが、同大学は1944(昭和19)年に移転。

1946(昭和21)年3月、米国教育視察団が学園を訪れ、児童中心の玉川の教育を高く評価した。「本部棟」前での一行の記念写真が今に残る。増改築を経た建物は、戦後復興期の学園の目撃者でもある。

『全人』2017年1月号(No.812)掲載