波多野精一

大学1号館と大学2号館の間にある植え込みの中に、世界的な宗教哲学者である波多野精一(1877~1950)の像がある。この像は昭和36(1961)年、本学初の鉄筋校舎である大学2号館の完成に伴い、同年12月に大学の美術部の学生たちの労作によって制作された。その後、昭和48(1973)年6月にブロンズに鋳造された。

創立者小原國芳と波多野精一の繋がりの初めは、大正6(1917)年まで遡る。小原國芳が京都帝国大学で学んでいた時の卒業論文の審査委員の一人が波多野精一であった。終戦後の翌年、疎開していた波多野精一から小原のもとに「東京に帰りたいが、家はないか」といった手紙が届き、小原國芳の指示のもと、学園内の12坪ほどの住居が建てられ、そこに住むこととなる。こうして波多野精一は、小原國芳の招聘により、昭和22(1947)年に玉川大学教授に迎えられ、新制玉川大学の認可を受けた昭和24(1949)年には『西洋哲学史』や『宗教哲学』などの科目を担当した。この年、玉川大学長に就任したが、翌年1月に自宅で72歳で逝去された。早稲田大学、東京帝国大学、京都帝国大学でも教鞭を執り、京都帝国大学名誉教授でもあった。

「波多野精一像」の台石には小原國芳の書で、次のように刻まれている。

波多野精一先生 PROF.DR.SEIICHI HATANO
1877-1959
明治十年-昭和二十五年

信濃国松本に生る
東京帝国大學卒業
京都帝国大學教授
玉川大學長
玉川の丘にて永眠

主要著書
西洋哲学史要
スピノザ研究
宗教哲学
宗教哲学序説
時と永遠

参考文献

『全人教育』第18巻第1号 玉川出版部 1948年

『全人』第20巻第3号 玉川大學出版部 1950年

玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』玉川学園 1980