一日不作 一日不食

玉川学園の正門を入ってすぐの坂下門右側にある築石には、創立者小原國芳の直筆で「一日不作、一日ふ食」の文字が刻まれている。この言葉は、学園が創設された当時には、現在の低学年グラウンド付近にあったヒバリガ丘と呼ばれていた畑の中央に立てられていた太い木柱に書かれていた。それが昭和10(1935)年当時には石垣の門に金彫で、そして昭和41(1966年)年正月、坂下門が造り直された際には現在の黒御影石にこの言葉が彫られた。

「一日作さざれば、一日食らわず」(いちにちなさざれば、いちにちくらわず)という字面から、「働かざる者食うべからず」という意味に捉えがちだが、そうではない。これは、唐の時代の有名な禅僧、百丈懐海(ひゃくじょうえかい)の言葉である。

80歳を過ぎても毎日の労作を欠かさない百丈禅師の健康を気遣った弟子たちが、ある日、禅師の農具を隠してしまう。ところがその日から禅師は食事に手をつけなくなった。心配した弟子たちが「禅師はこの三日間、お食事をなさいませんでしたが、どうしてでございますか」と尋ねたとき、禅師が語った言葉が、「一日作さざれば、一日食らわず」である。

「人は、労働することが一番大切なことであり、それができなければ食べることができない」と自らを律する言葉である。そして、勤労そのものの尊さを語るこの言葉は、労作教育に燃えてこの丘を切り拓いた創立者と、創立者とともにこの地を耕してきた先輩たちの合い言葉でもあった。

参考文献

岩渕文人『玉川学園金石誌(墨書解題)』
『玉川学園の教育活動 玉川大学の教育活動 玉川大学大学院の研究活動』(2008~2009)