玉川豆知識 No.17

「話したい!話そう!」と思う子供を育てる言語獲得の最新研究

2015.1.19
教育学研究科教職専攻(教職大学院) 教授 佐藤久美子

人間はどのように言葉を獲得するのか。
どのような教育が英語の発達に効果を発揮するのか。
科学的なデータに基づく研究の根底にあったのは、
“積極的に自己表現する”子供を育てたいという想いでした。

言葉はどのようにして獲得されるのか

私たち人間は、誰しも「言葉」を使います。しかし、その言葉は「いつ」「どのようにして」獲得されるのでしょうか。こうした問題に対し近年、言語学や心理学と科学的な研究分野が連携した、新しい取り組みが行われてきています。ここでは、最近の研究で新たにわかってきたこと、さらに、その成果を考慮した効果的な英語教育のあり方について説明します。

科学的な調査でわかってきた子供の言葉の発達

ここで説明します研究は、子供の言葉の発達程度を実際に調査し、そこで得られた科学的なデータをもとに、英語教育に応用しようというものです。調査では2~5歳児を対象に、初めて聞く言葉(未知語)をどれくらい反復できるか。また、母親との自然なコミュニケーションが言葉の発達にどう影響するかを調べました。

具体的には、未知語の反復調査では「てずてず」「ぎもぎも」といった簡単な未知語を子供に聞かせ、その反復ができる能力とその子供が知っている言葉の量(語彙サイズ)の関連を調べました。すると、未知語の反復ができる子供は、語彙サイズも大きいという結果が得られたのです。つまり、知らない言葉を反復するという行為が、語彙の発達、語彙サイズの増加に密接に関わっていることが示されました。

また、2歳児における母子のコミュニケーションの調査では、子供の発話に対する母親の反応の早さ(応答タイミング)、発話する時間の長さ(発話持続時間)、話すスピードの3つについて調べました。これでわかったのは、子供の発話に対し母親が“すぐに反応し”“短い言葉で”応答し、子供に“ゆっくり話しかける”ほど、子供の発話量が多く、また、語彙サイズも大きいということでした。例えば子供が「クレヨンがあった」と言ったら、母親がすぐに「クレヨンあったね」などと短い言葉でゆっくり返すほど、子供の言葉が発達しやすいということです。このくらいの年齢の子供と母親は、お互いの言葉を反復し合うことが多いため、普段の母親の反応が、子供の言葉の発達に大きな影響を与えていることが伺えました。

そしてこれは、日本語に限ったことではありません。第2外国語として英語を教える際にも、同じことが考えられます。生徒の発話に対して、先生がすぐに、短く、こたえてあげて、ゆっくり話しかけることが、教室での英語教育にも大切なポイントとなるのです。

言葉の発達を英語の教育方法に活かすには

さらに、英語教育にどんなインプットを使えばより効果的なのかも研究しています。「3~5歳児を対象に、歌・チャンツ(簡単なリズムに乗せて単語や文を聞かせること)・読み聞かせの3つの方法で英語を聞かせ、英語の語彙の発音力の伸びを調べました。すると、年齢やもともとの語彙力に関わらず、読み聞かせが一番発音力の伸びに影響することがわかりました。また、チャンツは低年齢の子供で、やや語彙力が低い子供に対し有効であり、逆に、 歌は5歳児くらいにならないと効果が現れにくいことも見えてきました。

つまり、子供向けの英語教育番組などで英語の歌を使用することがよくありますが、3~4歳児に対しては歌の効果はそれほど高くなく、成長段階と教育方法に注意が必要ということです。英語の絵本を読み聞かせても、小さい子供には理解できないと多くの人が思っているかも知れません。しかし、この研究により絵本の読み聞かせは効果的であることを示すことができました。読み聞かせは言葉だけでなく、絵を見て理解することもできますし、読む人の声の調子やジェスチャーなども子供の言葉の理解を助けるのです。その際も先の研究結果を踏まえ、子供と適切な対話をしながら感情をこめてゆっくりと読み聞かせることで、より高い学習効果が期待できます。

社会へと広がる新しい英語教育の方法

こうした研究をもとに、NHK Eテレの子ども向け英語教育番組『えいごであそぼ』の総合指導を行っています。『えいごであそぼ』では、研究の成果を踏まえて絵本の読み聞かせを行い、そこに出てくる一部のフレーズを使ってスタジオで実際の会話のやりとりを行っています。10分の番組ですが、最新の研究成果を取り入れた画期的なプログラムになっていると思います。

また、NHKラジオ第2の『基礎英語3』(2013年度から現在に至る)では講師を務めています。中学校3年生レベルの文法項目で書かれた楽しいストーリーを通じて、自然な英語表現を身につけることができるプログラムです。毎週一つ、“Can-do”(~できる)という学習テーマを設定し、それに沿って「使える」英語フレーズを紹介しています。また、ストーリーの舞台であるイギリスの文化やイギリス英語の表現・発音をアメリカ英語の表現・発音と比較したり、世界の人々と英語でコミュニケーションをする楽しみを味わったりしながら、英語力を伸ばしていける構成になっています。

さらに、ストーリーについての英語の質問にリスナーの皆さんが英語で自由に答える、“Can you guess?”というコーナーを設けました。ここでポイントとなるのは、この質問への答えは一つではない、ということです。今までのリスニングというのは“正しい答え”にたどり着くのが目的でしたが、それでは「私はこう思う」という、考える積極的な英語力が身につきません。正しさにとらわれず、自ら考え、積極的に話せる力をつけることを目的に、英語で自由に話してみてほしいと思っています。

他分野の研究やゼミの学びとの連携

上述の研究は、他の研究分野との連携を盛んに行っているのも特徴です。例えば、子供が言葉を聞いているときの脳波を調べたり、データ集計のためのソフトウェアの開発を依頼するなど、脳科学や情報工学の研究者との連携は、非常に大きなメリットを生んでいます。また、私たちが母親の発話を定量的にデータ化する手法を見て、経済学の研究者の方から驚かれたことがあります。お互いの研究分野を参考とすることで、いい影響を与え合えていると思います。

また、玉川大学リベラルアーツ学部のゼミとも連携し、学生の成長にも大きな効果を発揮しています。私が研究のために保育園や幼稚園で調査をするときには、いつもゼミの学生を一緒に連れて行くことにしています。学会レベルの研究に携わることは、学生にとって大きな自信になるからです。また、自分で調査してそれを集計し、仮説を立てて検証し、結論を出して考察を加え、資料にまとめて発表するという一連の経験は、たとえその学生が将来教員にならないとしても、社会に出て仕事をする上で絶対に役立ちます。こうした力は、本を読んでわかったからといって身に付くわけではなく、自分で体験してみること が必要なのです。現在は、教職大学院の院生や、院生でもあり現役の小学校教員でもある方々と、研究成果を生かしたカリキュラムや指導法の開発を行い、小学校で検証授業も行っています。

「積極的に自己表現する」子供を育てたい

こうした研究において、言葉の発達を解明したり、英語教育の効果をあげたりすることは、最大の目標ではありません。一番の目標は“積極的に話したいと思う子供を育てること”です。そのために、どの年齢のときに、どのような環境で、どのような教え方をすればいいのかを研究しているのです。私の場合、それがたまたま英語教育という専門分野に関わっていたというだけで、必ずしも英語でなくてもよいのです。“自分のことを表現してみたい”“積極的に話したい”という子供を一人でも多く育てることが、私の研究の最大の目標だと考えています。