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玉川豆知識 No.18

昆虫界最強!? スズメバチによる被害を回避し 彼らの有益な機能を見直そう!

2015.3.31
農学部生物資源学科 教授 小野正人

都市部でも見かけることが増えたスズメバチの組織化された防衛行動のメカニズムなど、習性や生態を知ることで刺害リスクを減らし、有益な機能を私たちの生活に活用することができます。

1. 晩夏から中秋にかけて被害が多発する理由

夏の終わり頃から秋にかけて、「スズメバチによる被害」のニュースを目にすることが多くなります。毎年10数名の方が不幸にも命を奪われていて、その数はクマやハブといった他の野生動物による被害を大きく上回ります。なぜこの時期に集中して被害が続出するのでしょうか?

スズメバチが活動しているのは春から秋で、冬を越すのは翌春に女王バチとなる一部のハチだけです。このスズメバチの生活史と被害に関係があるのです。
ハチの営巣活動が最盛期を迎えるのは、巣を守る働きバチの数が最大になる晩夏から中秋にかけて。その時期はハイキングや散策などで人が山に入る機会が増える時期とも重なり、人とハチの摩擦が生じやすいことが理由です。さらにハチの巣では次期女王バチを育てる時期になり、巣を守る働きバチたちが神経質になっています。そもそも、ハチと人間の生活空間は適度な距離が保たれていたのですが、1980年代に里山を住宅地として開発したため、野山で暮らしていたハチとの距離が近くなってしまいました。特にキイロスズメバチによる被害が多いのにも理由があります。キイロスズメバチは環境の変化への適応能力に優れていて、住宅の軒先や屋根裏、雨戸の戸袋の中にも巣を作ることができるので、人との距離がより近くなったのです。

2. 都市適応型のスズメバチを作り出したのは人間

スズメバチと一言でいっても、関東地方だけでも大型種は6種もいます。自然生態系の中においては、その中で最大種のオオスズメバチが最優位で、土中の空洞や樹洞など格好の営巣場所だけでなく、クヌギやコナラの樹液孔など好適な餌場も独占しています。一方、同じ時空間に生活する小型のキイロスズメバチは、営巣場所や食べ物に選り好みをせずに、高い適応力をもっています。さらに、秋になるとオオスズメバチの集団攻撃を受けて、大きく成長した巣も、その多くが捕食されてしまうのですが、そのリスクを多産という戦略で切り抜け、生き残って来ました。しかし、近年の都市開発によって、環境が急激に変わると融通の利かないオオスズメバチは減少し、弱者ゆえ住と食を環境の変化に合わせていけたキイロスズメバチに追い風が吹き始めたのです。人が住むエリアから出る、魚や肉などの食べ残しやジュースの飲み残しなどを漁り、家の軒下、屋根裏、床下、雨戸の戸袋などありとあらゆる場所に営巣したのです。おまけに、多産なキイロスズメバチの発生を抑制していた捕食者オオスズメバチが減少したことで、増加に歯止めのきかない状況になっていると言えそうです。自然界で生き残るものは体力的に優るものでも賢いものでもなく、環境の変化に柔軟に対応できるものとはまさにこのことかもしれません。

弱者ゆえの特徴がすべて環境の変化で優位に働き、都会では勢力が逆転し、キイロスズメバチは増加の一途です。当然、餌環境と住環境が好転すれば、一定面積内で生活できる巣の数は多くなるので、キイロスズメバチの生息密度も増しています。でもよく考えてみてください。そうした“都市適応型”のスズメバチを作り出してしまったのは人間であると言えるのではないでしょうか?では、距離が近くなってしまったハチから私たちが身を守るにはどうしたらいいのでしょうか?

刺身を貪り(左)バイクのヘルメットに営巣した(右)
キイロスズメバチ 
森の中で樹液を吸うオオスズメバチ

3. スズメバチの攻撃から身を守るには

巣門の周辺で威嚇するキイロスズメバチ

スズメバチの巣作りは越冬を終えた一匹の女王バチにより4月下旬頃から始められます。最初の働きバチが羽化して徐々にその数が増加する7月くらいから巣の警戒レベルが高くなり、不用意に近づくと刺されてしまう危険性がでてきます。そして、巣の規模が最大となる9月頃には、来年女王となる新女王の養育が開始され、働きバチは、その幼虫を守るため巣の防衛範囲を7月頃の2〜3倍の距離まで広げます。距離にすると10m前後といったところでしょう。里山のキイロスズメバチの巣が、オオスズメバチに襲撃されるのもこのころで、警戒心が極度に高まり、防御のために外部からの刺激に過敏になっている時期なのです。

そのような時期に、もし巣があるのを知らずに防衛範囲に近づいてしまっても、いきなり刺されることは稀です。まず、2〜3匹が、身の回りにまとわりつくように飛び回り、様子を伺ってきます。「カチカチ」という歯ぎしりのような音や「ブーン」といった攻撃的な羽音が聞こえたり、身の周りをホバリング(空中での停止飛行)しているのはハチからの警告信号です。このときは静かに来た道をゆっくり後ずさりするのが正解。注意しなければいけないのが、手で振り払う行動をしないこと。この動作はハチにとっては“宣戦布告”のサインになってしまい、ハチは警報フェロモンを噴射し仲間に敵が近付いているという合図を送ります。この“香りの非常ベル”とも言える警報フェロモンにより、巣から多数の働きバチが飛び出してきた段階にまでエスカレートすると、黒くて光る所に飛びかかり、刺針を突き立ててきます。こうなってしまっては一刻の猶予もありませんから、一目散に退散するより方法はありません。

4. スズメバチはなぜ黒を狙うのか!アジアの昆虫食文化との関係?

オオスズメバチの蛹の素揚げ

ハチが人を刺すもう一つの理由は太古からの歴史と食にヒントがあるようです。1000年、2000年前にまで遡れば、人間にとってタンパク質の確保は非常に困難なことだったと考えられます。イノシシやシカは容易には捕まえることができませんが、昆虫、その中でも栄養価が高いハチの子は、当時の人々にとっては格好の栄養源だったはずです。巨大なスズメバチの巣を一つ採集できれば、3〜4日分のタンパク質源は確保できたかもしれません。日本でも周囲に海がなく水産資源の乏しい地域は、ハチの子をはじめとして昆虫を食べる習慣があるところも多くありますよね。このような時代背景を考えると、ハチから見た人間は捕食者であり天敵なのです。巣に刺激を受けて興奮したハチは黒いところを狙って針を刺す習性があることが知られていますが、「昆虫食文化」を発達させた東洋人の頭髪や目が黒いことに一因があるかもしれません。人間の感覚器が首から上に集中していて、一刺しで大きなダメージを与えるいわば弱点である黒い部位を狙うのが効果的であることをあたかも知っているかのようです。

5. ハチに刺されて死亡する理由

オオスズメバチの女王バチ
(黄色と黒色のしましまボディ:警告色)

鋭い刺針によって注入される「ハチの毒」は、実は、フグ毒やトリカブトの毒のように、それ自体に強い毒性があるわけではありません。毒液は、タンパク質を分解する酵素や、激しい痛みをもよおす生理活性アミンなどがカクテルのように混合されているのです。スズメバチの毒のうに溜まっている毒液の量も数マイクロリットル(1mlは1000マイクロリットル)しかありません。ところが、この複雑成分で構成される毒液が体内に注入されるとそれが抗原となってある種の抗体(IgE)が生成されることがあります。そして、それが原因となり、毒液成分に対して感作状態になってしまう場合があり、そのような方が刺されると即時型アレルギー反応(アナフィラキシーショック)が発症し、生命にかかわる重篤な状態になることさえあるのです。刺された箇所が痛む、腫れるという局所的な症状ではなく、蕁麻疹がでたり、血圧が下がる、呼吸困難になるといった全身症状が急速に発症するのが特徴です。これは人間の免疫機構を逆手にとった効果的な攻撃なのです。日本では、1984年の73名死亡例を筆頭に、毎年多数の尊い命が失われていますが、その多くがアナフィラキシーショックによるものと考えられます。

ところで、オオスズメバチやキイロスズメバチの「黄色と黒色」のしましまボディ(腹部)の色合いに見覚えはありませんか? 日本では工事中のエリアなど注意を促す場所に多く用いられたりしていますよね。蜂に刺された経験がないにもかかわらず、本能的にそれをアラート(警告)と感じるのは、人間にとってハチは“危険な存在”であるという潜在的なイメージが、遺伝子の中にまで深く組み込まれているからなのかもしれません。

6. 刺されるリスクを低減し、共生を考える

しかし、恐れているだけでいいのでしょうか?農家の人たちにとって、スズメバチは蛾の幼虫やコガネムシなど植物を食い荒らす害虫を駆除してくれる益虫とされ、喜ばれる存在でもあるのです。スズメバチの幼虫のだ液に含まれているアミノ酸混合液が、働きバチの疲れを貯めない活動に機能し、その原理を応用して生まれたスポーツドリンクを試した日本の女子マラソンの選手が、オリンピックのメダリストとなった話はあまりにも有名です。さらに、木の皮を噛み砕いて薄くシート状に伸ばして巣をつくるスズメバチの建築法を観て、木材パルプから紙を創る製紙技術が発明されたのです。また、同じ蜂の仲間のミツバチは蜂蜜を生み出すだけでなく、花の授粉にも貢献し多くの農作物の生産に大貢献しています。

ある一面でリスクがあるからという理由で排除するのではなく、そのリスクをどのようにして低減するか、人もハチも生態系の中では1つのピースという視点でどう共生を図るかが大切だと思います。スズメバチの好きな匂いがあるように、嫌いな匂いもあるかもしれません。例えば、巣作りが開始される前に、女王バチが嫌う匂いがするものを住宅や公園などに設置することで人の生活空間から離れたところに営巣させることができるかもしれません。人間とスズメバチの生活空間に距離が保たれ刺されるリスクを低減しながらハチの益虫としての面を活用することができるでしょう。このようなことは、昆虫機能利用学の分野といえます。また、黒くて光るものへの攻撃性を、都市部で群れ、小鳥にも脅威となっているカラス撃退に応用できる可能性も秘めているかもしれませんね。スズメバチの特性を今後の私たちの生活に活用する術はいろいろと考えられるでしょう。

女王バチと働きバチ、多数の蜂児から構成される巣(コロニー)の全体を1個の生命体と捉え、その中で個々のハチたちがどのように働き、機能しているかといった生物学的な面からの研究も大変興味深いものです。ちなみに私がスズメバチに興味を持ったきっかけは、性別的には雌でありながら自らは繁殖にかかわらず、母親の女王バチの産んだ妹の世話をして一生を終えていく働きバチが“なぜ”進化したのかということに疑問を感じたことからです。自らは子を産まずに母親の女王バチと父親の雄バチから受け継いだ遺伝子のコピーを共有する妹をバイパスにして、遺伝子を継承していく働きバチの生き方の中に38億年も前の地球上で産声を上げ、今も進化し続けている生命の存在様式・進化を説明する一般則が凝集されているのです。

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