学校法人 玉川学園 Puente 2014.06 vol.04
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 私たちの生活の重要なライフラインとなっているインターネット。大容量のデータの送受信が当たり前となったことから、インターネット環境はクラウドへと移行しつつあります。そして環境の進化に伴い、これまでには想像もしなかったような活用法も生まれています。その一つが自動車産業との融合。現在の自動車はもはやコンピュータともいえるほど、高性能な情報処理機器を搭載しており、走行情報を集めて渋滞予測や安全技術開発などに活用しています。けれどもクラウドで情報を集積する分、そのデータセンターにサイバー攻撃があった場合は、社会秩序に壊滅的な被害を被る可能性も。まさに映画で起こるようなパニックが、現実のものとなるのです。こうしたネットのセキュリティを維持するためにさまざまな技術が用いられていますが、既存のセキュリティシステムではハッキングされる危険性も出てきています。そうした中、玉川大学の量子情報科学研究所で進められている研究が、新時代のセキュリティ技術といえる量子エニグマ暗号なのです。 「これまでの暗号技術が数学をベースに作られていたのに対し、量子力学と数学を用いるのが量子エニグマ暗号です」と語るのは、量子情報科学研究所の所長を務める広田教授です。ちなみにエニグマとは、第二次世界大戦中にドイツが用いた、最強と称された暗16│Puenteたまがわ近況レポート──❸Quantum ICT Research Institute世界のトップを走る、量子エニグマ暗号の開発研究クラウド時代を迎え、ますます多くの情報が行き交う現代のネットワーク社会。そのセキュリティの維持は喫緊の課題です。そして現在、この分野で世界の最先端研究を行っているのが、玉川大学の量子情報科学研究所です。号技術のこと。以来、その時代にもっとも優れた暗号に、エニグマの名が冠されることになりました。量子を用いた暗号技術は1990年以降に数多く提案されました。そして2000年に玉川大学とアメリカのノースウェスタン大学が共同でY-00と呼ばれる技術を開発。これが、現在の量子エニグマ暗号のベースとなっています。 その後、玉川大学とノースウェスタン大学がそれぞれ研究を進め、玉川大学は「超高速、長距離、低コスト」な強度変調方式で、ノースウェスタン大学は「高速、長距離、高コスト」な位相変調方式で研究を進めてきました。そして近年はアメリカのマサチューセッツ工科大学もこの研究に参入。「低速、中距離、中コスト」なパルス位置変調方式の量子エニグマ暗号の研究を莫大な資金を投入して行っており、玉川大学を猛追しています。「性能は玉川大学の方式が優れていたとしても、アメリカでは軍用に開発していることもあり、実現可能ならコストがかかっても構わないんですね。我々が目指しているのは民生品なので、コストも大きさも非常に重要になります」と広田教授。「この量子エニグマ暗号の研究は、実用化に向けた最終段階を迎えています。これから数年間が、まさに正念場ですね」。 それにしても、マサチューセッツ工科大学などが国家レベルで量子エニグマ暗号の研究を進めているのに対して、それをリードしているのが玉川大学であるというのは、正直なところ、意外だという感想を持つ人は多いのではないでしょうか。「いいえ、この研究は玉川大学だからこそ実現したともいえるんです」と広田教授。実は玉川大学では、量子エニグマ暗号研究の基礎となる量子情報・通信に関する研究を1980年代から行っており、1990年には量子通信国際会議を創設。この分野の研究をリードし、多くの研究者に国際賞を授与してきました。2012年にノーベル物理学賞を受賞したS・アロシュ博士とD・ワインランド博士は、この量子通信国際会議で国際賞を受賞したことのある研究者です。量子の分野において玉川大学は、まさに先駆者ともいえる活動を行ってきたのです。 そしてこの活動を後押ししたのが、小原芳明学長でした。広田教授によると、「『研究スペースを作ってほしい』という私の要望を聞いた学長が作ったのが、この量子情報科学研究所です。思う存分、研究活動ができる環境を整えてもらえました」とのこと。この研究の重要性と特異性から、広田教授をはじめこの研究所に所属する研究者は、指導教科を持たず研究に没頭しています。ただ、玉川学園の高等部はスーパーサイエンスハイスクールに指定されていることもあり、科学に興味を持つ生徒も少なくありません。今後は広田教授がそうした生徒との交流を積極的に行っていく予定です。数年後には広田教授の研究に触発され、工学の道に進む生徒が増えるかもしれません。ネット社会を守る量子エニグマ暗号猛追するアメリカ今後数年が正念場今後は高等部の生徒とも交流を▪量子情報科学研究所/所長 広田 修 教授

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