キャンパス・ウォッチング

2018.04.26
学生をその気にさせる――大学授業奮戦記
大学教員とは不思議なものだ。極端に言えば、何の訓練を経ていなくても授業を任される。例えば私のように。担当授業の一つが「マスメディアと社会」。ひと昔前の新聞社OBなら、自身の経験を語れば、シラバスの半分ぐらいは埋まったのかもしれないが、ネット全盛の時代にそうはいかない。ネット社会のメディアリテラシーを意識しつつ、新聞が伝える情報の大切さも考えられるように授業を組み立てた。

歴史の記録を振り返り、新聞の役割を知る
その中でも、学生が最も夢中になってレポートを書いてきたのが、意外にも、新聞の歴史を振り返る回だった。新聞記事のデータベースで、授業用に回線を増やす新聞社のサービスも使って、戦前や戦中の記事を調べさせた。昔の記事は旧字や変体仮名もあって読みづらいはずだが、パソコンを使って調べることは、彼らにとってお手のもの。何時間も読み込んだという力作が集まった。
日米開戦や原爆投下といったエポックとなる事件・事象だけでなく、こちらも知らないような当時の社会風俗を調べたレポートがいくつもあって、読む側も楽しい。「当時の様子がリアルに伝わってくる。面白くなって夢中で調べた」という感想が多かった。元々は、戦前の報道のゆがみを実感してもらうのが目的だったが、1日刻みの歴史の記録という新聞の役割も実感できたと思う。
記事を調べる課題では、ローカルニュースにも多くの学生が関心を示した。自分の住んでいる町、かつて住んだ町、両親や祖父母の住む町の課題を、マスメディアがどう報じているか、地方紙や全国紙の地方版、ローカルネット新聞などで調べさせた。ニュースは自分と縁遠いと思いがちな学生にとって、ローカルな視点もまた新鮮なようだった。

一方で、毎週、ニュースについてのミニテストを課し、まず、世の中の動きに関心を持つように仕向けた。ただテストをやるだけでは物足りないので、自分が、どんなニュースをどういう媒体で見ているか、期間を決めて書きとらせた。LINEニュースオンリーの学生も珍しくないが、それを自覚することに意味がある。
さらに、ミニテストの自作もさせてみた。自分で問題を作るには、ニュースの本質を理解していなければならない。いやでも、新聞やテレビやネットのニュースを、理解しながら読んだり見たりするはずだ。
このほか、「ことばと文化」という授業では、自宅にある辞書を持って来させて、辞書によって説明に大きな差があることを実体験してもらった。何でもネットでググることが当たり前になっているが、ネットの辞書の記述は限定されるからである。辞書を忘れた学生には、図書館で調べてくるように指示した。



- 1年間授業をやったくらいで、大学の授業を偉そうに論じるつもりは全くないが、学生がアクティブになる一例として、新鮮なうちに紹介しておきたいと考えた。こんな試行錯誤を、おそらく多くの先生たちがしているのだと思う。授業準備だけでも、大学教員は予想以上に忙しい。それが、大学人としての実感である。
- 縁あって、玉川の丘の住人となりました。大学の研究室から、元新聞記者、教育ジャーナリストの視点を加味して、キャンパスの内と外を見つめ、発信していきます。

中西 茂(なかにし しげる)
玉川大学教育学部 教授
研究分野:教育政策、メディア
プロフィール:
1983年、読売新聞社入社。2005年から、解説部次長、編集委員として連載「教育ルネサンス」のデスクを務めた。『異端の系譜 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス』(中央公論新社)を始め、家庭内暴力事件から学力問題まで様々な著作があり、複数の教育雑誌でも連載を執筆中。2019年2月まで中央教育審議会教員養成部会臨時委員。2016年4月から玉川大学教授として着任。現在に至る。
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