キャンパス・ウォッチング

2020.03.10
「介護等体験」の迷走
拝啓 文部科学省のご担当者様。
「新型コロナウィルスを巡る混乱の中で、学生の介護等体験はいままで通り続けられるのだろうか」
そう思いながら、この原稿を書いています。

2019年8月9日号
私は昨年8月、時事通信の「内外教育」という教育誌に、「拝啓 田中眞紀子様」というコラムを書きました。介護等体験の実態を伝えるためでした。
大臣を三つも経験したとは言え、眞紀子さんはいま、国会議員でさえありません。しかし、小中学校の教員免許を取る学生に社会福祉施設や特別支援学校での計1週間の体験を義務付ける法律が、眞紀子さんの尽力でできたことは、関係者にはよく知られています。父の元首相、田中角栄氏の介護を経験したことが議員立法に動くきっかけになりました。筆者にとって、眞紀子さんは、四半世紀前の旧科学技術長官時代、記者会見で質問もしたという縁もあります。
2019年度、私は教育学部の2年生の担任の1人として1年を過ごしました。介護等体験は2年生か3年生で行う大学が多いようですが、玉川大学では2年生のうちに経験するため、その数は500人を超えるようです。5日間の社会福祉施設での体験は、社会福祉協議会が割り振るので、個々人が体験する日程や場所を選ぶことはできません。
コラムでは、夏休みに長期の野外体験のボランティアをしようと考えていたのに、後から伝えられた介護等体験の日程と重なってしまった学生がいるというエピソードを元に、硬直的な仕組みが何とかならないものかと訴えました。しかし、この日程問題は、夏休みだけでなく、大学の授業そのものにも深刻な影響を及ぼしているのです。
教育学部の2年生は今年度、9月に野外活動を経験し、11月の文化祭(コスモス祭)でその活動に関する展示発表をしました。さらに翌年1月にはクラス単位で手作りの劇を演じました。劇教育は学校劇発祥の地である玉川の伝統です。



同級生の観客を前にクラスごとに劇を上演。この日のためにクラスで練習を重ねる(写真:右)
こうした発表の準備にはグループワークが欠かせません。ところが介護体験の日程が次々と降ってくるため、入れ替わり立ち替わり欠席者が出ます。30人ほどのクラスで5人も6人も介護等体験に行っている週が何度もありました。このため、班単位で話し合うことが物理的にできず、授業時間中、無為に過ごさざるを得ない学生も出ました。
現在の大学教育は、こうしたアクティブな学修を推奨しています。似たようなことは玉川大学以外でも起きているのではないかと推察します。
もちろん、体験はしないより、したほうがいいに決まっています。学生たちが書いた体験日誌を読むのも担任の役目のひとつですが、その日誌を読むと、学生が大きな気付きを得ていることも少なくありません。とは言え、本来の教育活動に大きな支障が出るものを放置するわけにはいかないと思うのです。
ただ、ひとつの大学でできることも限られます。導入から約20年が過ぎ、体験自体は当たり前になっていますが、文科省も問題点をよくご存じのはずです。それはOBの方からもうかがっております。ぜひその実態を把握して、現在の大学教育と両立するような柔軟な仕組みに作り直していただきたいのです。教員のひとりとして切にお願い申し上げます。
最後になりましたが、文科省の方々も、コロナウィルスへの対応でお忙しいことと思います。お体ご自愛くださいますように。
敬具
追伸
ちなみに、眞紀子さんは昨年12月、新聞の投書欄に介護等体験の成果について投稿されていましたが、実態を見てほしいのです。だれも改革に手をつけようとしない問題を喚起するため、あえて<迷走>というタイトルを選びました。ご容赦ください。

中西 茂(なかにし しげる)
玉川大学教育学部 教授
研究分野:教育政策、メディア
プロフィール:
1983年、読売新聞社入社。2005年から、解説部次長、編集委員として連載「教育ルネサンス」のデスクを務めた。『異端の系譜 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス』(中央公論新社)を始め、家庭内暴力事件から学力問題まで様々な著作があり、複数の教育雑誌でも連載を執筆中。2019年2月まで中央教育審議会教員養成部会臨時委員。2016年4月から玉川大学教授として着任。現在に至る。
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