省察的実践者として多様性から学び合おう

2017.09.01
中村 香

通信教育で学ぶ学生の多くは、学校教育や社会教育の教職員を目指して学んでいる。学びの専門職として歩む志が高いからか、スクーリングにおける学ぶ姿勢の真面目さには定評がある。筆者自身も教壇に立っていると「先生の話を聞き漏らすまい」という目で見つめられて、身の引き締まる思いをすることがある。
だが、いかにベテラン教授であっても、また、いかに時間があっても、学びの専門職として必要な力量の全てを教えることはできない。今日の教育をめぐる課題は複雑化・多様化している上に変化が急速で、解決策の案はあっても、「正解」と言うものは無いからである。

では、学びの専門職としての力量をいかに培えば良いのか。その1つの示唆が、「実践し省察するコミュニティ」にあるのではないだろうか。
「実践し省察するコミュニティ」とは、福井大学で2001年より年2回開催されている実践研究福井ラウンドテーブルのテーマである。ラウンドテーブルとは、地域・職種・年齢等が異なる多様な実践者・研究者が集い、互いの実践から省察的に学び合う場である。近年では中学生のポスターセッションなどもあり、大人も子どもも共に育ち合うコミュニティへと発展しており、2017年2月に開催された際には、海外からの参加者も含め920名を超える規模で開催された。
筆者は10年以上、本ラウンドテーブルに参加し続けている。実践記録を基に語られる実践の展開、印象に残った出来事、その時々に感じたこと、実践を跡付けてみて気付いたこと等のストーリーに耳を傾けていると、自ずと自らの実践への省察が促され、共通する実践知や課題に気付き、次への1歩が見えるとともに、エンパワーされるからである。

教育をめぐる課題には、唯一の「正解」があるわけではないことを踏まえると、多様な人びとと実践と省察を繰り返す学習サイクルを協働的・持続的に展開する「省察的実践者」を志向し、より良い方向性を考えて実践知を生成していく力が必要になってくるのではないだろうか。
「省察的実践」とは、マサチューセッツ工科大学の教授でもあった組織学習の第1人者であるドナルド・ショーンが説く専門職の力量形成のあり方である。福井大学で展開されている「実践し省察するコミュニティ」も、ショーンの理論につながるものである。

また、多様性に基づく学びの重要性については、中央教育審議会答申等でも示されている。例えば2015年末に纏められた答申「チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について」では、これからの教育は、教師・保護者・地域住民・専門家等の多様な人びとがチームとして支えることの重要性が説かれている。人はそれぞれに価値観が異なるものであるが、立場や役割を超えて、多様性から学び合い協働する力や、そのような関係性をコーディネートする力が、これからの学びの専門職には不可欠になってくるのである。

ゆえに通学課程の生涯学習ゼミでは、生涯にわたり多様性から省察的に学び合えるように、ゼミ活動の全てを実践と省察を繰り返す省察的実践者としての学びとなるようにデザインしている。
例えば、教育実習後のゼミでは、実習の省察をラウンドテーブル形式で行い、実習での学びをメタ認知レベルまで落としこめるようにしている。4年のゼミ生は14人おり、実習先は各地の公立・私立の小・中・高等学校であり、教員以外の道に進む学生も居る。それぞれの実習の展開や実習中の試行錯誤や葛藤等に基づく省察を共有してみると、共感することや違和感を覚えることから、各人の実践における行為の前提への省察が促され、教育観が問い直されたり、人生のビジョンが意識化されたりしている。

通信教育課程においても、学生会を活用すれば通学課程よりも実践的なラウンドテーブルを展開出来るのではないだろうか。学生会には、全国から経験豊富な老若男女が集っており、現職の教職員等もいるからである。
学生は指導法等の科目で元校長先生から実践的な講義を受けているが、校長先生のような境地に至れるのは、だいぶ先のことである。長年の教育実践に基づく知見を教わることも大事であるが、新任教員・非常勤講師等で働きながら学ぶ、自分よりも数歩前を歩む先輩の実践から学び合える場もあると、双方にとって良いのではないだろうか。
これから教育現場に出る学生にとっては、1、2年後の自分の姿をイメージし易くなり、学ぶ意味を捉え直せると考えられるからである。また現職者にとっても、後輩に語ることにより、自らの実践や教育観を捉え直す機会になるのではないだろうか。
学生会が「実践し省察するコミュニティ」となり、多様性から省察的に学び合える場となるように、ラウンドテーブルを提案し、学生会のメンバーと一緒に考えて行きたい。

参考文献
  • D.A.ショーン『省察的実践者の教育―プロフェッショナルスクールの実践と理論』(柳沢昌一・村田晶子監訳)、鳳書房、2017
  • 中村香「成人の学習を組織化する省察的実践―学習する組織論に基づく一考察」(pp.138-149)、日本教育学会『教育学研究』(第78巻第2号)、2011

プロフィール

  • 教育学部教育学科 教授
  • お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科  博士(学術)
  • 専門は、生涯学習論、組織学習論、成人学習論、社会教育学.
  • 多国籍企業に約10年間勤めた後、留学等を経て、現職。
  • 主な著訳書は、『生涯学習のイノベーション』(編著、玉川大学出版部、2013年)、『ボランティア活動をデザインする』(共著、学文社、2013年)、『生涯学習社会の展開』(編著、玉川大学出版部、2012年)、『学校・家庭・地域の連携と社会教育』(共著、東洋館出版社、2011年)、『学習する組織とは何か』(単著、鳳書房、2009年)、『学びあうコミュニティを培う』(共著、東洋館出版社、2009年)、『成人女性の学習』(共訳、鳳書房、2009年)など。
  • 学会活動:日本教育学会、日本社会教育学会、日本学習社会学会、日本産業教育学会、日本キャリアデザイン学会 など。