省察的実践者としての教師

2018.03.01
石井 恭子

学校に授業見学に伺うと,授業が上手な先生に出会います。子どもたちの関心や意欲を喚起して,問題に主体的に取り組ませ,活発な発言で出てきた様々な意見をしっかりと拾い,議論を活性化していく技はどのようにして身につくのでしょうか。マニュアルや指南書を読み込んでも,名人の指導案をもらって試みてみても,同じ授業にはなりません。それは,授業が子どもとともに作り上げていくものだからでしょう。
ショーマン(1987)は,教員が身につけるべき知識として以下の7点を挙げています。①内容についての知識,②一般的な教育方法についての知識,③カリキュラムについての知識, ④pedagogical content knowledge( PCK),⑤学習者とその特性についての知識,⑥教育の文脈についての知識,⑦教育の目的,目標,価値,哲学的歴史的基盤についての知識。
教師自身が教える内容を深く理解していなければ授業は成り立ちませんから,①はとても大切です。④は,授業を想定した教授内容知識などと訳されており,教えるべき学習内容をどのように学習者が身につけていくのかという,教員に特有の知識とされています。例えば理学博士なら理科の授業ができるわけではないということです。
ショーマンはさらに,授業実践のプロセスとして❶理解→❷翻案→❸指導→❹評価→❺省察→❻新しい理解,という6つの段階を示しています。❶は教授内容の理解のことですから上記の①と対応します。学習者がそれをどう理解するかを考えるのが❷の翻案です。学習者が常に自分と同じように内容を理解するわけではありませんから,授業を作る上で最も重要であり難しいところです。
このように見てくると,学習内容の知識と,教育学や学習心理学などをばらばらに学んでいるだけでは授業づくりのわざを身につけることはできないことがわかるでしょう。授業で児童・生徒が学習する姿を丁寧に検討して,自分の実践を振り返ることが,次の実践をよりよくすることにつながるのです。
これまで,教師のような専門職といえば,その分野の理論をまず学び,それを現実の場面に適用する仕事と考えられていました。しかし,教員の仕事は,授業や児童・生徒指導等,複雑で刻々と変化する社会の中で常に新しい問題に立ち向かわなければなりません。自身の経験で得たことを振り返り意味付ける省察という営みが重要になります。ショーンは,こうした専門職を省察的実践者と名付けています。
教員養成においても,こうした実践と省察のサイクルを経験できるようにしたいと考えています。理論書や過去の事例を読み解き,教材研究を行い自らの学びを深め,さらに実践を振り返る,という繰り返しを経験できるように講義を工夫し,自らも省察的実践者でありたいと思います。

【参考文献】

  • D.A. ショーン『省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考』鳳書房,2007
  • 八田幸恵「リー・ショーマンにおける教師の知識と学習過程に関する理論の展開」『教育方法学研究』第35 巻 2009 pp.71-81
プロフィール
  • 所属:教育学部 教育学科
  • 役職:教授
  • 最終学歴:お茶の水女子大学人間文化研究科発達社会科学専攻博士前期課程修了(人文科学)
  • 専門: 理科教育・物理教育
  • 職歴:小学校教諭、国立大学勤務を経て現職
  • 著書:『新学習指導要領に応える理科教育』(共著、東洋館出版社、2009年)、『子どもと楽しむ工作・実験・自由研究レシピ』(共著, 実教出版、2012年),『小学校理科』(編著、玉川大学出版部、2016年)、『理科教育』(共著、一藝社、2016年)
  • 学会活動:日本教育学会、日本教育方法学会、日本理科教育学会、日本科学教育学会、日本物理教育学会など