ビデオカメラが教えてくれたこと

2022.12.01
芹澤 成司

 私は「なぜ?そうなるのか」を突き詰めるのが好きである。その疑問はテキストの問題とかではなく、自分が毎日関わる世界で起こることが多い。今から30年以上前に「わかる」とはどういうことかをよく考えた。そうすると私はそれをどうしても確かめたくなる。そこで、数人の生徒が数学の問題を解く場面をビデオに撮った。一人の生徒の横からと真上からというように2台のカメラで問題を解いている様子を撮り続けた。そうすると今まで動いていた鉛筆が、ある問題で突然止まり、考えている時があり、突然再び鉛筆が進むことがある。その後、撮影した生徒と一緒に撮影したビデオを見て、その場面を思い返してもらう。なぜ、鉛筆が止まったのか、その時何を考えていたか、そしてなぜ再び鉛筆が進むようになったのか。そして2週間後、その時にやった問題を思い出してもらう。このような実験を十数人の生徒にやってもらった。
 そこでわかったことは、「鉛筆が再び進む瞬間は、その問題が生徒の過去にやった内容と結びつく時である」。そして、「すぐにできた問題やできないと諦めてしまった問題は記憶に残らない」ことであった。言い換えれば、様々な事柄と結びつけることが「わかる」ためには必要であり、この結びつけることをしない事柄は記憶に残りにくい。このことは私の授業を変えるきっかけになった。鉛筆を動かす瞬間を授業でどう作るのか、問題を解決した時に何を振り返えるのか。そこに考えの深まりをつくるポイントがあると考えるようになった。
 話は変わるが、私が中学校の教員として力を注いできたことにソフトテニスの顧問がある。ソフトテニスの経験がない私はどのようなボールを打てば試合に勝てるのか、ということにまず興味を持ち、様々な試みをした。まず練習時間を増やすこと、次に効果的な練習とは何かなど、日夜ソフトテニスことばかり考えていた。日々の練習メニューを綿密に考え、今の生徒の課題は何か、何をやったらよいか、それを記録したノートは今も手元にある。そのうち試合になると感情が入り、見えていたものが見えなくなることに気づいた。そこで、試合の様子をビデオに撮り、帰宅後、分析するようになった。始めは自分の選手の癖や相手の特徴を掴むことが中心であったが、撮ったビデオを生徒に見せながらその時自分と自分のペア、そして相手はコートのどの位置にいるのかを書かせるようにした。そうすると生徒はテニスコートを俯瞰して見えるようになる。コート上の相手と自分がいる位置を常に考えながら、試合ができるようになる。そうすると場面場面でボールをどこに打って、自分のペアにどうポイントを取らせたらよいか考えられるようになる。生徒の目がいつしか、相手を真正面に対座する視点から、上から見下ろす視点に変わってくる。その後練習量よりも、どのような課題と意識を持って練習に臨むかを生徒と共に考えるようになった。
 見えなかったことが見えるようになること。そのためにはどうしたらよいか。これは正解がなかなか見つからないであろう2030年代の世界で子どもたちが生きていくために大切な力となる。今振り返ってみると私にとってビデオは物事が見えるようになるための大切な武器であった。ビデオは客観的に物事を見させてくれる道具であり、撮影した映像を観る中で、様々な視点を与えてくれる。
 ただ、誰でもこのような視点が与えられるとは限らない。自分ならではの課題を持っていること。ビデオが主観的ではなく客観的に物事を映し出す機器であるという特性、その機器が持つ機能を理解していること。そしてなによりも自分の抱えている課題をどうにかして解決したと思うこと。そしてそこに子どもの考えや声、意見という他者の捉えが入ってくること。これらの要素が重なり合って私に上記のような気づきを与えてくれたのではないかと思われる。
 今GIGAスクール構想で一人一台のコンユータ端末で学習をする環境がある。この環境を2030年代を生きる子どもたちの力としていくためには、コンピュータ端末の特性や機能を理解するだけでなく、自分の周りの生活や社会の中で、子どもならではの発想を活かせる課題、解きたいと子ども自らが思える課題と一人で解決するのではなく、周りの子どもとの声を聞きながら考え、解決に向けて協働していく姿勢が何よりも必要なことではないかと私は今までの経験から考えている。

プロフィール

  • 氏名:芹澤 成司
  • 所属:教師教育リサーチセンター
  • 役職:客員教授
  • 最終学歴:早稲田大学教育学部理学科(理学士)
  • 専門:生徒指導、キャリア教育
  • 職歴:
    ・川崎市立中学校 教諭
    ・川崎市教育委員会 指導主事
    ・川崎市立中学校 教頭 
    ・川崎市教育委員会 課長
    ・川崎市立中学校 校長
    ・川崎市教育委員会 学校教育部長
    ・川崎市総合教育センター 所長
    ・川崎市教育委員会 学校支援総合調整担当理事