子どもと一緒にいないとき

2014.01.27
原田 眞理

私たちの日常には、休日というものがあり、週末はもちろんのこと、ゴールデンウィーク、夏休み、冬休みなどの数日または長期の休みがある。一方行事(イベント)もたくさんあり、誕生日、クリスマス、お正月、バレンタインデーなど目白押しである。学校内の行事には、遠足、運動会、参観日、学芸会などがあり、これらの行事の後には決まって作文を書き、振り返るものである。休日、行事というと、皆さんはどんなイメージを持っておられるだろうか? 楽しい、休める、自分のことができる、家族サービスで疲れるなど、さまざまなイメージがあるだろう。

多くの人が、休みやイベントをうれしく受け取ることが多い。仕事を休み、寝坊したり、旅行に行ったり……。記念日を祝い、家族や友人との交流を楽しむ……。通信の学生の皆さんは、連休はスクーリングがありのんびりもできないだろうが。子ども達も、休みは家族旅行に行ったり(最近の子どもはハワイやグアムなどの海外旅行をするのも稀ではなくなっているようだ)、参観日や運動会は家族に見守られた中で張り切り、遠足は母親のお弁当を楽しみにしている。このように家族と楽しい時間を過ごし、良い体験を積み重ねていく子どもも多くいる一方で、虐待を受けている子ども、親が死亡したり病気のためにそれどころではない子ども、離婚して母子・父子家庭の子ども、経済的に困窮している家庭の子ども……、子どもにはさまざまな背景がある。

「昨日サンタは来ましたか? 良い子のところにはサンタが来たはずですよ」などと担任は何の悪意もなく話した言葉が、子どものこころを深く傷つけることもある。「連休はどうしてましたか?」他の子どもが旅行や外出を自慢する中、子どもは一日家にいたということを恥ずかしく感じたりする。大人は「休みは一日家でごろごろしてました」と堂々と言えるが、子どもはそうではない。連休明けに、先生に会うのが楽しみで待ち遠しくて走って登校した子どもに、家族サービスで疲れ果て、調子の戻らない表情を見せると、子どもは「先生は僕(私)と会うのが楽しみじゃなかったのかな? 僕(私)のことが大切じゃないのかな?」とがっかりする。お休みの間に、子どもたちのこころには、どんなことが思い浮かんで過ごしているのだろう。「早く学校が始まらないかな。みんなと早く会いたいな」とわくわくして始業式を迎える子ども。「やだな。また学校が始まる。またいじめられたらどうしよう」と暗い気持ちに押しつぶされそうになる子ども。

教員としては、当然楽しみにしてもらえるような学校を提供していきたいものである。教員になるために、「子どもと一緒に過ごす時間」について考える機会は多い。しかし、「子どもと一緒にいないとき」について考えることもまたとても大切なことなのである。

(「玉川通信」2012年2月号をベースに加筆修正)

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 教授
  • 東京大学大学院医学系研究科(心身医学講座) 博士(保健学)
    日本臨床心理士資格認定協会臨床心理士
    日本精神分析学会認定心理療法士
    私立中高スクールカウンセラー
  • 専門は精神分析、臨床心理学、教育相談、医療心理学。また、東京臨床心理士会3・11震災支援プロジェクト委員として、特に福島からの在京避難者支援を行っている。
  • 東京大学医学部付属病院分院心療内科、虎の門病院心理療法室、聖心女子大学学生部学生相談室主任カウンセラーなどを経て現職。
  • 著書:『子どものこころ―教室や子育てに役立つカウンセリングの考え方』『学級経営論』『女子大生がカウンセリングを求めるとき』『カウンセラーのためのガイダンス』など(含共著)
  • 学会活動:日本心身医学会代議員、日本精神分析学会・日本心理臨床学会、日本教育心理学会 会員