韓国訪問記

2014.01.27
松山 巌

2012年10 月にソウルで開かれた韓国図書館協会主催の第49回図書館大会に参加しました。大会そのものについては別記事で報告したので(『図書館雑誌』2013 年3 月号p.176-177)、ここではそれ以外のことを書きましょう。渡韓は4 度目ですが、今回はほとんど個人行動だったということもあり、いくつか自分にとって新たな体験をしました。

第1 に会話。現地の店員などの中には外国語に堪能な人も多いので、こちらがつたない韓国語で話しかけても、店員の問いかけに対してすぐに答えられなかったりすると、即座に日本語や英語に切り替えられてしまうことがあります。もちろん親切心からなのですが、学習中の身としては、「おまえの語学力はまだまだだ。出直して来い」と道場の門前に放り出されたような悔しさを味わうことがありました。

今回は何とかそうならずに済み、多少は上達したのかなと思いました。旧ソウル駅で開かれていた美術展を見終わったところで、地元のインターネットテレビ局のアンカーに突然つかまってインタビューされてしまったのですが、冷や汗をかきながらしどろもどろになりつつも何とか乗り切りました。もっとも、こちらが限られた語彙でヘタな説明をすると、それを記者が「ああ、○○ということですね」と普通の言葉に“翻訳”してくれる場面も多かったのですが(ちなみに、後で見た映像では、そのような場面は巧みに編集され、比較的マシに話せているところだけ音声を流して、あとは上からアナウンサーが内容を要約してかぶせており、視聴者にあまり下手だという印象を与えないようになっていました)。

第2 に路線バス。たいていのガイドブックには、韓国のバスは乗りこなすのが難しいと書いてあります。曰く、①路線系統が複雑、②表示もアナウンスも韓国語、③バス停から離れて停まることがある、④運転が荒い、⑤降車時に支払いがモタつくと怒られる、等々。このうち①②は、路線系統と番号を予め調べておき、またバス停が全部載っている詳細な地図を利用することで解決しました(以前は売店などで路線図を売っていたらしいので探したが、見当たりませんでした)。また③は、近づいてくるバスの行先表示を見て、そのバスが自分の乗りたい系統だと認識した瞬間に、バス停から車に向かってダッシュしないと止まってくれなかったりするのですが、これも系統を把握していれば何とかなりました。このダッシュをしていると、自分がソウル市民になったような気分になります。⑤は「T–money カード」というIC カードが普及していたので楽でした。ちなみにこのカードでバス同士を乗り継ぐ場合、降車時にタッチすると、次のバスでは(あまり遠く乗らなければ)課金されないので助かります。またカード型の他にいろいろなキャラクターなどの携帯ストラップ形もあって多彩です。④は仕方がないので手すりにしっかりつかまっていました(現地の人々の間でもバスの運転の荒さは有名だそうです)。

第3 に、普通のお店での買い物。今までも、コンビニや観光客むけの免税店などには入ったことがありましたが、今回は着いて早々にネクタイピンをなくしたり、寒波第1 号が襲来したので手袋や厚手の靴下等を追加するなど、いろいろと買い物をする必要が生じたので、大きめのスーパーに何度か行きました。店の入口付近にカートが互いに鎖でつながれた状態で並んでいて、硬貨を投入口のようなところに入れると解錠され、使用後は鎖を元のようにつなぐと硬貨が戻る仕組みなのですが、買い物を終えてカートを返却しようとしていると、別の客から「まだ使いますか?」と声をかけられました。とっさに返事ができずにとまどっていると、「あ、じゃあいいです」と言われてしまい、なんだか悔しい気持ちでした。落ち着いて考えると、カートを渡してその人から硬貨をもらえばよかったのです。

そのスーパーでも、また空港でも見かけたのが、ゆるやかな傾斜を持った「動く歩道」。日本の動く歩道は水平で、床はゴム素材のことが多いですが、韓国のは材質も構造もエスカレータと同じで、わずかに傾斜がつけてあり、一つ上・下の階に行くようになっています。エレベータが持つ運搬機能と、エスカレータの簡便さ(待たない)の両方を活かした装置といえましょう。

買い物をした時に「レシート要りますか?」と聞かれて「はい」と答えると、「携帯電話の番号をおっしゃって下さい」。韓国国内用にレンタルした携帯の番号をいうと、店員が入力してみて「変ですねえ」。一瞬不安になりましたが、後ろから別の店員が「外国人はいいのよ」。どうやらレシートは原則として電子化されており、携帯にメールで送るようです。またこれによって税務署が商店の売り上げを把握でき、国民も税の申告にデータを活用できるとか。それ以来、レジで聞かれたら「レシートは紙で下さい」と言うようにしました。

電子領収書もそうですが、6 年という時を隔てて訪れると、その間にいろいろと変化が起きていることに気づきます。前回の渡韓時に、日本語学を専攻している韓国の大学生が「日本には文庫本のような持ち歩きやすい本があっていいですね」と言っていましたが、今回は駅の売店やコンビニでよく見かけました。「猫の気持ちが分かる本」的な実用書から、ネット上で話題になった『ワラ!ピョニジョム(来たれ!コンビニへ)』というマンガまでさまざま。ほとんどがカラーのため紙質も日本の文庫本より良い白い紙です。

逆に見なくなったのが『観光交通時刻表』という月刊の時刻表。前は大きな売店などでも見かけたのに…と、ソウル駅前の地下街の書店で聞いてみたら、「この夏ぐらいから出なくなっちゃったんですよ」。後で調べたら、2012年6月号を最後に廃刊になったそうです。一方で「青春18 切符(に相当するフリーパス)で全国を旅しよう」といった本は新しく2~3 種類出ているというのに…。ネット社会の余波でしょうか。バスの路線図がなくなったのもそのせいかもしれません。

携帯電話では「文字(ムンチャ)」というサービスを活用しました。これは日本でいうC メール(ショートメール)のようなもので、通信会社の壁を越えて電話番号一つでやりとりできます(全角80 字以内)。現地の人々と連絡を取り合うのに、ナマで会話するのは語学力上ちょっと不安がありますが、これのおかげでずいぶん助かりました。

街中に布製の横断幕や垂れ幕が多いことに気づきました。大きなホールでステージの後方上部に掲げるようなものだけでなく、大会の各会場の掲示や、商店の入り口の看板的なもの等、あちらこちらで使われています。日本ならもうワンランク上げてプラスチック等の固い材質に印刷するか、あるいは逆にパソコンから紙に出力したものを並べて貼って安く済ますようなものでも、布製が多いのです。街中にも「懸垂幕(ヒョンスマク)作ります」という看板(というのか?これも布製)を掲げた印刷屋さんが目につきます。日本でも、競技場の応援席に掲げる横断幕や、のぼりに取り付けて店先に立てるようなものには布が使われていますが、向こうではまさに至る所で見かけました。この日韓の違いは興味深いものがあります。

(「玉川通信」2013年6月号をベースに加筆修正)

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 助教
  • 東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。
  • 中学・高校の理科教諭(地学)を経て現職。
  • 専門は図書館情報学(情報資源の組織化を中心に)。
  • 著書:『CD-ROMで学ぶ情報検索の演習』『韓国目録規則3.1版日本語訳』(いずれも共著)など。
  • 学会活動:日本図書館情報学会、日本図書館研究会、日本地図学会など。
  • 関心のある分野は韓国、漢文、フォント、音声学、地質学、確率論など。
  • 趣味はカラオケ、地図読み。
  • 好きなものは辞典・事典、新聞の号外、計算尺、スコア(総譜)、クリスマスの音楽。