調査と支援

2016.01.22
原田 眞理

10 月後半にフロリダで開催された15thInternational Thyroid Congress に参加してきた。私事ではあるが,ライフサイクル上,海外での学会発表は久しぶりであった。今回は“Mental Effects of Radiation in Residents ofFukushima Prefecture with Prolonged Life asEvacuees in Tokyo” というタイトルで,震災以来関わっている在京避難者の方々についての質的調査結果を発表した。内容としては長引く避難生活のストレスおよび帰還を前にして高まる放射線への恐怖,特に低線量被曝と子供の甲状腺癌への恐れということを取り上げた。
東日本大震災から約4 年10 カ月が過ぎ,東京に避難されてこられた方々と私の関係も同じ年月を重ねてきた。最初は特に目に見えない放射線について妄想的になる方も多く,政府の発表する線量はすべて噓だと断定する方もおられた。しかし現在は元々持っておられた健康な部分が機能を取り戻している。避難生活が長期化すると,震災とは直接的には関係のない「死」にも出会うことが多くなった。現在は,帰還が進められているために,東京で出会った避難者の方々との別れも始まっている。自宅ではないが地元に戻る方々は喜びもあるが,不安も大きく,ここまで共にいた東京での人間関係から離れることに大きく心を揺らしている。このような心理的な支援をしている方々を対象とした調査を行うことには非常に躊躇があった。元々調査と支援を同一人物が行うことは非常に難しく,心理検査も心理療法導入前に行うことが一般的である。四川地震の際に研究者が調査だけを行ったことについて大きな批判が起きたこともある。教員であっても相談にのりながら成績評価をするのは難しい側面があるであろう。しかし3 年を過ぎた頃に,寄り添う我々だからこそ真の声を聞くことができるのではないか,と考えるようになり調査に踏み切った。実際に半構造化面接を行いお話を伺うと,これまで深刻な問題故に踏み込みにくかった避難の様子なども聞くことができた。そして,発表のために結果をまとめてみると私自身の理解も深まり,客観的なデータとして世界に発信する大切さも感じた。
学生の皆さんは通信卒業後,調査研究を行うことがあると思うが,対象への影響を考慮して調査を行うこと,対象者との信頼関係を大切にすることが研究者の最低限のマナーであることを忘れないでほしい。

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 教授
  • 東京大学大学院医学系研究科(心身医学講座) 博士(保健学)
    日本臨床心理士資格認定協会臨床心理士
    日本精神分析学会認定心理療法士
    私立中高スクールカウンセラー
  • 専門は精神分析、臨床心理学、教育相談、医療心理学。また、東京臨床心理士会3・11震災支援プロジェクト委員として、特に福島からの在京避難者支援を行っている。
  • 東京大学医学部付属病院分院心療内科、虎の門病院心理療法室、聖心女子大学学生部学生相談室主任カウンセラーなどを経て現職。
  • 著書:『子どものこころ―教室や子育てに役立つカウンセリングの考え方』『学級経営論』『女子大生がカウンセリングを求めるとき』『カウンセラーのためのガイダンス』など(含共著)
  • 学会活動:日本心身医学会代議員、日本精神分析学会・日本心理臨床学会、日本教育心理学会 会員