学ぶ意味を捉え直す「意識変容の学習」

2016.09.30
中村 香

本稿の読者の学修は、順調に進んでいるであろうか。通信教育で学ぶ学生の多くは社会人であるため、学修時間の確保自体が厳しいことであろう。また、レポートや試験で不合格であった時には、気落ちするかもしれない。そのような時には学ぶ意味を捉え直してみると、力が湧いてくるのではないだろうか。

先日、通学課程の学生が自らの学修の意味を捉え直して嬉しそうであった。レポートが良く書けていたので、書き方をどこで修得したのか尋ねたところ、大学生としての基礎を学ぶ「1年次セミナー」とのことであった。その詳細をきいてみたところ、毎回のように課題があり他のクラスよりも厳しいと、当時は不条理を感じていたそうだ。だが、レポートを褒められたことで、その当時の学修の意味を捉え直すことになり、「厳しかった先生のお陰かも…」と、感謝をしていた。

学生の話を聞いていたら、ユネスコの「21世紀教育国際委員会」が1996年に取り纏めた報告書『学習:秘められた宝』を思い出した。「秘められた宝」とは、「農夫とその子ども達」というラ・フォンテーヌの寓話に基づいている。死が近いことを悟った農夫が子ども達に、先祖が残した土地には宝が隠してあるので売らないように諭した話である。宝がどこにあるかは知らぬが、収穫が終わり次第、根気よく全体を掘り返せば見つかるだろうと説き、農夫は死ぬ。子ども達が隅々まで丹念に掘り返したところ、隠し金は無かったが、例年より豊作となった。つまり、農夫は労働が宝であることを教えたのである。『学習:秘められた宝』では、「労働」を「学習」に置き替え、人びとの内に秘められた宝である潜在的諸能力や、未来への可能性を掘り起こすプロセスとして学習を位置づけているのである。

しかしながら、学ぶ意味は、その渦中に居ると見え難い。前述の通学課程の学生が3年生になってから「1年次セミナー」の意義に気付いたように、また、農夫の子ども達が豊作から労働が宝であることを学ぶように、時間が経たないと、学習(学修)のどこに宝があるのか、また何が宝になるのか、簡単には分らないこともある。

本稿の読者の中にも、例えば、寝る時間を割いて書きあげたレポートが不合格になった際に、「厳し過ぎる」と不満を覚えた人がいるかもしれない。あるいは「とりあえず資格を取りたい」などと思うかもしれない。そのような時には、是非、何のために学んでいるのかということを考えてみてはどうか。あるいは、資格取得自体が目的化する「資格取得症候群」状態に陥っていないだろうかと…。

成人の学習者の場合、言動の前提や価値観を批判的に問い直し、新たな価値観を身につける「意識変容の学習」注)が大事であり、アイデンティティが揺さ振られる時に、そのような学びが促されると言われている。困難を覚える時にこそ「秘められた宝」を考えてみると、学ぶ意味を再確認でき、学ぶことの大切さを心から語れる人へと成長できるかもしれない。また、忙しい時間をやりくりしながら学ぶからからこそ、計画力や実行力、そして、生涯にわたり学び続ける力が培われているとも考えられないだろうか。

注)P.クラントン『おとなの学びを拓く』(入江直子、他訳)、鳳書房、2006、p.205。

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 教授
  • お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科  博士(学術)
  • 専門は、生涯学習論、組織学習論、成人学習論、社会教育学.
  • 多国籍企業に約10年間勤めた後、留学等を経て、現職。
  • 主な著訳書は、『生涯学習のイノベーション』(編著、玉川大学出版部、2013年)、『ボランティア活動をデザインする』(共著、学文社、2013年)、『生涯学習社会の展開』(編著、玉川大学出版部、2012年)、『学校・家庭・地域の連携と社会教育』(共著、東洋館出版社、2011年)、『学習する組織とは何か』(単著、鳳書房、2009年)、『学びあうコミュニティを培う』(共著、東洋館出版社、2009年)、『成人女性の学習』(共訳、鳳書房、2009年)など。
  • 学会活動:日本教育学会、日本社会教育学会、日本学習社会学会、日本産業教育学会、日本キャリアデザイン学会 など。