周辺部から始まる学び

2017.05.02
魚崎 祐子

この3月、のべ10年間にわたった「保育園児の母」を卒業した。10年間、複数の園で保護者としてすごしてきたが、園生活を送る上でそれぞれの園に共通するやり方もあれば、園独自のやり方もあり、新しい園に入る度に保護者としても新たな環境に適応できるように学習を重ねてきた。

卒園を迎え、最後の4年弱をすごした保育園での自身の学びをLave & Wenger(1991 佐伯訳 1993)による『正統的周辺参加』という考え方を参考に振り返ってみたい。『正統的周辺参加』とは、新人が実践コミュニティに参加していく過程を学習とみなし、そのコミュニティの中で生活していることそのものが学習につながるといった考え方である。

思い返せば4年前のある日、見知らぬ番号から1本の電話が入った。翌月からの入園決定の連絡であり、この瞬間、新たな実践コミュニティの一員となることが突然決まった。保育園激戦区といわれる地域に転居してまもなく、自宅から通えそうな園を順に書き並べて入園申請の手続きはしたものの、園できるとは全く期待していなかった。そのため、実は入園の決まった保育園の場所すら正確には把握していないという状況で、年度途中に突然放り込まれたような感覚であった。

数日後、無事に入園の日を迎えて「新人」としてのスタートをきった。入園前に一通りの説明は受けていたものの、実際に園生活を送りながら、連絡帳の書き方、上着や帽子をかける場所、食事エプロンの扱いなどを学んでいった。これらのやり方は保育園によって異なり、これまでの園とつい比較してしまったこともある。また、先生の顔や名前はなかなか覚えられず、息子と話している子ども達や送迎時に挨拶を交わす保護者も誰が同じクラスなのかという区別がまったくできない日々が続いた。このように、最初の1年はコミュニティにおける新人の立場で右往左往しながら過ぎ去った。

1年目が終わる頃、クラスのメンバー同士での交流が多くなった。また、行事が一回りしたことで年間の予定も見通しが立てられるようになり、心づもりができた。横のつながりの中で情報が入りやすくなったことと自身の知識が増えたこと、双方の影響により、園生活が容易になったように感じた。どうやらこの頃新人を脱し、周辺部から少し内部に入れたようである。

その後も年月を重ね、進級や行事などを経ながら内部に入っていったように感じていたが、あらためて自身の位置を振り返ってみると、新人ではないものの、ベテランというところには程遠い。中堅といえるのかどうかもわからない。さらに中心的な位置に進んでいこうという意思がなかったために、どうやら同じあたりで進みは止まっていたようだ。

一方、息子は過ごした時間の長さが同じでありながら、はるかに中心部に近づいたように見える。さて、そんな息子とともに新たなコミュニティに入る時季である。次のコミュニティではどのように学びを進めていくのだろうか。

参考文献

Lave, J., & Wenger, E. 1991 Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation. Cambridge University Press.
(佐伯胖(訳) 1993 状況に埋め込まれた学習.産業図書)

プロフィール

  • 教育学部教育学科 通信教育課程 准教授
  • 早稲田大学大学院人間科学研究科 博士後期課程修了
    博士(人間科学)
  • 専門は学習心理学、教育心理学
  • 早稲田大学助手などを経て現職。
  • 著書に『Dünyada Mentorluk Uygulamaları』(共著、Pegem Akademi Yayıncılık、2012年)、主要論文に『総合的な学習の時間における教師の支援が生徒の情報選択に及ぼす影響』(共著、日本教育工学会論文誌(30)、2006年)『テキストへの下線ひき行為が内容把握に及ぼす影響』(共著、日本教育工学会論文誌(26)、2003年)などがある。
  • 学会活動:日本教育工学会、日本教育心理学会、日本教授学習心理学会、日本発達心理学会 会員