小学校からのプログラミング教育

2017.12.07
富永 順一

文部科学省は小学校・中学校の次期学習指導要領を今年の3月に告示し、小学校は2020年度から全面実施するとしている。この新しい学習指導要領については、道徳の特別教科化、英語の教科化などの話題と並んで、情報活用能力の育成の推進、特に小学校からプログラミング教育を開始することが大きな話題となっている。
文部科学省の有識者会議[1]によれば、小学校でのプログラミング教育の目的は「プログラミング的思考を育む事が目的であり、コーディングを覚えることではない」とされ、また、学級担任制のもとで担任が主体となって授業を担当し、総合的な学習も含めた既存の教科の中の一部としてプログラミングを行う授業を行う事、実施内容・実施形態については各学校で適切に行うこととされ、民間企業等と連携し協力を得ることも有効としている。プログラミング的思考とは、「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのかを論理的に考えていく力[2]」とされ、この目的に合致していれば、コンピュータを使わずに紙と鉛筆だけで行う活動もプログラミング的思考活動の一つとされている。実施の具体的な方法については、各学校での判断によりものとされている。
そもそも学校現場にプログラミング教育を導入する試みは現在に始まったことではない。パソコンの普及期である1970年代末から1980年代にかけて、中学・高校などの部活動の一環として盛んに行われていたプログラミング教育は、主にBASICを使ったものであるし、そのBASICが大学生のプログラム初心者の教育用言語として誕生したのは1964年である。また、LOGOは1967年に発達心理学者パパートを中心に8歳から12歳という児童とその教師を対象とした教育用言語であり、日本でも1980年代の学校へのパソコン普及期には、LOGOのタートルグラフィック機能の利用を中心に教育利用が行われている。私自身も中学校の部活動ではあるが、BASICやLOGOを使ったプログラミング教育を実践してきた。しかし、1990年代になってインターネットの普及以後は、コンピュータは情報端末としての性格が強まり、学校教育の流れはインターネットでの情報活用能力の育成やアプリケーション・ソフトの活用が主になっていき、プログラミングを扱うことが減少し、これは高校で実施されている必修教科の「情報」でもほとんどの学校で扱われていないのが現状であろう。
現在になって再びプログラミング教育が注目されるようになったのだが、これを小学校から導入するには、最も課題となるのはこれを担当する教員の問題であろう。教員養成の学部に小学校教員を目指して入学する学生の多くが文系志向の強い学生であり、プログラミングの経験の無い学生がほとんどである。これは現役の小学校教員でも状況は同じであろう。そこで現在最も注目されているのは、マサチューセッツ工科大学メディア・ラボが開発したScratchに代表される教育用ビジュアル言語である。これは文字によってプログラムを記述する代わりに、命令文や関数を同等の機能を持ったブロックで置き換え、それをパズルのように組み合わせていく事で、プログラムを作るものである。確かにタイプミスによるプログラムミスを回避でき、プログラムの見通しも立てやすい。しかし、こうした簡易なプログラミング言語も、そして、現在提案されているコンピュータを使わないで行うプログラミング授業も基本的なプログラミングのアルゴリズムを扱うものである限りそれを指導する教員は何らかのプログラミングの経験と知識が無ければ、何のためにそうした活動をしているのかという授業の目的が理解できないのではないかと思う。
私の研究室ではここ数年のテーマは、将来教育活動に従事するゼミ生と共に、小学校ではどのようなプログラミング教育が効果的なのかを中心に研究活動を行っている。