児童文化財にみる「子ども」

2019.02.06
田甫 綾野

私の研究室では,幼児教育や児童文化について研究しています。子どもの遊びや生活,児童文化財の分析を行うことから,現在の子どもたちを取り巻く環境や,その変遷,私たち大人の子どもに対する眼差しなどを考えています。
昔ばなし絵本を取り上げてみましょう。昔ばなしとは,作者は不明で長い間口承伝承されてきたものです。それが様々な形で再話され,文字として残されてきました。 例えば,「さるかに」の話。一般によく知られているのは,サルに騙されて殺された母ガニの仇討ちに子ガニたちと仲間が向かい,サルを懲らしめるというお話です。現在出版されている絵本には様々なバージョンのものがあり,上記のものの他に,懲らしめられたサルが改心して謝ったので許してあげ,みんなで仲良く暮らしたという結末のものもあります。今の学生たちには後者の方に馴染みがあるようで,後者が好きという学生も多いですが,好きなのは前者だが子どもに伝えたいのは後者だという学生もいます。もちろん仇討ちなど現代社会で許されるものではなく,学校で私たちが教えられる価値観は当然後者です。その視点から見れば,後者の仲直りバージョンを子どもに伝えたいと考えるのも無理はありません。しかしながら,「お話を楽しむ」という視点で見たときには必ずしも後者が子どもに相応しいものとは言い切れません。
スウェーデンの児童文学者アストリッド・リンドグレン(1907~2002)の書いた「長くつ下のピッピ」という作品はご存知でしょうか。船長の父親と船上で生活をしていた少女ピッピは,嵐にあって父が行方不明となったため一人で陸に上がり生活を始めます。いわゆる社会生活を送ったことのないピッピは,社会の中の様々なルールを知らず破茶滅茶な行動をして周囲の人を驚かせます。警察官や学校の先生,友達のお母さんなど,大人として社会生活を送っている人たちには無礼な子どもとして捉えられます。ただし子どもたちは誰にも束縛されないピッピの生活を羨み,ピッピと遊ぶことがおもしろくて大好きになります。そして日本の子どもたちの多くもピッピが大好きです。一方で私に勧められてこの本を読んだ知人は「ピッピって結構悪い子なんだね」と言いました。現在の社会で生活している大人にとってピッピはやはり悪い子に映るのでしょう。
これらの作品は「子ども」とは何か? 私たち大人は子どもをどうとらえるのか? を考えさせてくれるように思います。子どもは自分の思いとは関係なく,成長の過程で大人の社会のルールに従って生活することを求められ,徐々にそこに順応していく存在です。ピッピは私たちにそのことを気づかせてくれているようです。教育者として子どもと向き合うとき,私たちはどのように「子ども」をとらえてかかわるのか,今一度立ち止まって考えてみる必要があるのかもしれません。

* アストリッド・リンドグレーン作,大塚勇三訳『長くつ下のピッピ』岩波書店,1964年

プロフィール

  • 所属:教育学部 乳幼児発達学科
  • 最終学歴:日本女子大学大学院 人間生活学研究科 博士課程後期 満期退学
         博士(学術)
  • 専門:幼児教育学
  • 職歴:山梨大学大学院准教授を経て現職
  • 著書:・『保育学講座4 保育者を生きる-専門性と養成』(共著)2016 東京大学出版会
       ・『笑って子育て』(共著)2012 北樹出版
       ・「幼稚園における保護者の園活動への主体的参加過程:
        在園時保護者への『子育て支援』を考える」『山梨大学教育人間科学部紀要』」2016
       ・「大学生と幼児との交流活動に関する質的研究」『論叢 玉川大学教育学部紀要2016』2017

  • 学会活動:・日本保育学会会員
         ・日本教育方法学会会員
         ・日本家庭科教育学会編集委員